Main


□Please yourself
6ページ/14ページ



「つけてるよ。習慣だもん」


 忘れちゃいけないことを忘れないために書く。

 そこに書くのは主に人との繋がり。


 クラサメがそれを知ったのはかなり前だった。


「飽きやすいくせにな」

「そりゃあ、まいにち書けないときもあるケドさ、演習期間とか、レポートでいそがしいときとか」


 ぶつぶつ言って酒を注ぐ。


「でも!だいじなコトらもん!それはつづけるわよ!!」

「ビシッと決めたところ悪いがな…。お前呂律怪しいぞ…」

「あ?なにがよ?」

「…酔っ払い」

「よってない!」


 ああそうだな。

 酔っ払いはみんなそう言うんだったな。


「あれ、ケーキ全部たべた〜。お代わり持ってきますね〜」

「お前、あんま動くと」

「へーきへーき。よっ」


 空になったトレーを手にキッチンへ向かう。

 その足取りは、やはり少しだけふらついている。


「大丈夫かよ…」

「だーいじょうぶらって!いいからクラシャメは座ってなさい!」


 〇〇の大丈夫は信用出来ない。

 過去散々学んだ事実だ。


「酔い潰れるとか、勘弁だぞ…」


 何故自分の誕生日にこんな気苦労があるのか。

 クラサメは再び天を仰いだ。




「へいお待ち」


 ケーキを持ったウェイトレスの格好でその言葉はいかがなものか。

 クラサメはまた溜め息をついた。

 言葉は指摘せず、〇〇を見遣る。


「顔、真っ赤だぞ」

「ほんと?」

「ああ」


 言って〇〇は自分の手を当てる。


「自分じゃわかんないやー。そんなにあかい〜?」


 〇〇を手招きして頬に手をあてがう。


「うひゃっ」

「な」


 普段は〇〇よりも体温が高いクラサメ。

 その手が今は冷たく気持ちいい。


「クラサメの手冷た〜い。あ、飲んでないからじゃな〜い?」


 お酌しますよ〜と時雨月を手に取る。


「まま、いっぱい」


 飲めないと否定するのも面倒で、クラサメはおとなしく空になったグラスを持った。

 微量に注ぎ入れ、更に自らの容器にも注ぐ。


「おたんじょうびおめでとー!かんぱーい」

 一気。

 飲み干して出た言葉から旨そうなのはわかるが。


「飲みすぎだ馬鹿」


 口を付けずグラスを置き、瓶も遠ざける。


「本当に大丈夫なのかお前。人の肌とは思えない色してるぞ」

「ん〜?」

「ボム並」


 また頬に触れる。

 〇〇は小さく肩を竦めた。


「熱い」

「えー?熱くないよー?つめたいよー」


 お前が熱いから、俺の手を冷たく感じるんだろ。

 俺は至って平常だ。


「きもちいー」

「…気持ちいいか」

「ん、きもちいー」

「…そうか」


 頼むからそんな目で見ないで欲しい。


 とろんとした目と赤く染まった頬。

 緩く笑いかけてくる〇〇から視線を外すしかなかった。


「ねえクラサメ、トンベリは?キッチンにもいなかったよー?」


 酔っ払い確定。


 何度目になるかわからない溜め息をついて額に手を当てる。


 お前ないい加減に。

 そう言おうと視線を向けたとき、丁度〇〇が身震いをした。


「?寒いのか」


 こんなに体温高いのに。


「ん〜わかんない。おんど上げていい?」

「俺は寒くない」

「ぁぅ…。あっパーカーあるじゃん。どこやったっけー?」

「…着るのか」

「ん?うん。らってクラシャメさむくないんでしょ?」


 パーカーを探そうと立ち上がった〇〇を引き止めたのは、離れる指が名残惜しかったからだろうか。


「ここにいろ」

「わっ」


 手を引くと簡単にぐらついた。


「こうしていれば、寒くないだろ」


 あっさりと中に収まった〇〇は首を捻ってクラサメを見上げた。


「なーんら。やっぱりクラサメもさむかったんだー?」

「ああ」

「手もつめたいもんねー」

「ああ」

「しかたないなーあっためてあげるよ」


 熱い両手でクラサメの右手をくるむ。


「あったかい?」

「ああ」

「ぎゃくー」

「はい」

「あったかい?」

「ああ」


 …なんなんだろうな。

 この中身の全くない会話と、それに律儀に返す自分は。


次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ