Main


□Please yourself
4ページ/14ページ



 しぐれづき。


 魔導院を設立した冷の月に因んで名付けられた、朱雀で最高級の地酒だ。

 店で売られているのを見た事が無い。

 まさに幻の酒。

 〇〇も過去に一度しか。


「あれ?前にどこかで…」


 飲んだ記憶はあるが誰とどこで飲んだかの記憶が無い。


「やるから飲めば」

「マジか!!!」


 うわすげぇ反応。

 そそくさとソファに座って木箱を置いた〇〇は、てぐすねを引いてそっと蓋を開けた。


「メッセージカード…?入ってたよ」


 はい、と腕を伸ばして渡される。

 開封すらしてなかったので気付きもしなかった。

 二つ折りのそれを開いて目を通し。


「びっくりした…。なしたの?」
 
「…なんでも」


 驚く〇〇を尻目に机の引き出しにカードをしまう。


「眺めてないでさっさと開けろ」

「はーい」


 〇〇はすっかり上機嫌だ。


 敬語外れてるぞ。


 思うが口には出さない。

 さっきの仏頂面に戻るよりは全然いいか。





 グラスを合わせて乾杯した二人はそれぞれ一口飲んだ。


 美味いな。


 光を受けて乱反射するゼリーを見る。

 さすが、クラサメの甘党を見抜いただけはある。

 ドリンクだけだとクラサメにとっては少し物足りないが、恐らくそれはケーキとの組み合わせを考えての事。

 ゼリーに閉じ込められた炭酸が喉に涼しい。


 作った当人はといえば。


「ッくっはー!!いやーん美味!!おいしー!」


 そう言って声高らかに言ってピューターを掲げた。


 感想とか催促しないか普通。

 力作だろうに。


 時雨月が全部掻っ攫ったようだ。


「ホンット美味しい!マジで!!ありがとうクラサメ!どうしようクラサメ!」


 〇〇はまた瓶を眺めた。


「…どうもしない」


 どうしようって何だ。


「ゆっくりじっくり飲みたいなあ…。あー…クラサメ、封閉めの道具とか…」


 聞いた事の無い単語だが、一度開栓した酒なんかを長期保管するためにまた閉めるための道具だろう。


「あるわけないだろ」


 酒飲まないし。


「ですよねー」


 そう言って背もたれに身体を預ける。


「今週末から研究班にくっついて長期遠征なんだよね〜。私いるかなあ。…必要かなあ?」

「必要だから組み込まれてるんだろ」

「…いなくても」

「馬鹿野郎」

「じゃあ、持っていっても」

「大馬鹿野郎」


 どれだけ気持ち奪われてるんだ。


 酒を必要としないクラサメには理解し難い。


「今日全部飲めばいいだろ」

「そんな勿体ないコト出来るか!」

「…じゃあ残せば」

「それはもっとありえない!!」


 ではどうしろと…。


 溜め息をついてケーキを口に運ぶ。


「やっぱり今日飲み切るしかないんじゃないか」

「…さすがの私も潰れるわよコレ全部飲んだら…」


 こんな美酒を一気飲みとか。酒飲みとしては不名誉極まりない。


「遠征に発つまで、晩酌に来てもいい?」


 その言葉に動かしていたフォークが止まる。


 やはりこいつの思考回路はわからんな。


 来たところで、俺は飲まないので一人で飲む事になる。

 やると言われて所有物になったのだし、普通なら部屋に持って帰るという選択肢が先に来るだろう。

 そう言われても許可を出すつもりは無かったが。


 クラサメに贈られた酒という事で遠慮しているのか。

 毎日部屋に来るような気軽な関係と考えているのか。

 何も考えてないのか。


 …全部だな。


「ご勝手に」


 タルトを食べ終えたクラサメは次にマフィンに手を付けた。


「事前準備で忙しいから、夜遅くなっちゃうと思うけど」


 お前がいいなら。


「クラサメ寝てもいいよ。気にしないから」


 少しは気にしろ。


「戸締まりはトンベリに任せてくね。あ、寝たらごめん」


 …また運べと。


「いやいやお手数は掛けませんて。その辺転がしといていいからさ」


 呑み処・スサヤ?


 クラサメに睨まれたにも関わらず、〇〇は笑って時雨月を注いだ。


「マズそうな名前」


 言って天を仰ぐ。


 ああ。面白くない距離だ。


次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ