パロディ:ブラパンマン

□それいけ☆ブラパンマン
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その夜、月はぶあつい雲の向こうに隠れていた。
外はずっと雨が降っていて、それはもう嵐といってよかった。パン工場の屋
根にたたきつける雨音が耳に響き、木々をゆさぶる風はビュウビュウとうなり
声をあげていた。

それでも、パン工場の暖炉にはマキが赤々と燃えていて、その火は冷たく
なった部屋の空気をじっくりとあたためている。

暖炉が燃えている部屋には大きな作業台があり、その上では大きなパン生地が
こねあげられていた。生地をこねているのは一人の青年だ。

青年は肩までのびるエメラルドグリーンの髪をひとつにたばね、真剣なまなざ
しで生地をこねていた。手は休むことなく動いている。ようやくその手がと
まったとき、つやつやと輝く生地は、まるで命をもったかたまりのように
なっていた。

彼はそんな生地に満足したのだろう、愛しそうにそっとなでると、こうささや
いた。

「さあ、君は私たちの新しい家族になるんだよ」

その瞬間、ドンッというにぶい衝撃音が走り、青年はハッとして生地から手
を離した。地面が小刻みに揺れる。

「なんだ……?」

青年は窓に近づいた。すると、暗い地平線のずっと向こうに、みたこともない
ような強い光が輝いている。それは暗い景色の中で一点だけ、奇妙にゆらめき、
まるで巨大な彗星が空中にひっかかったまま燃えあがっているようだった。不
思議な胸騒ぎを覚えながら、彼は窓を開けて身をのりだす。

「あそこはカミナリ山の方だな……」

カミナリ山とはパン工場からずっと北の方に位置する山で、いつでも暗い雲に
覆われているところだった。そこに近づけば、あちらこちらで雷鳴がとどろき
声をあげているのが聞こえるという。

「けれど、あの光はカミナリとは違う……」

光のかたまりは、なおも震えるようにゆらめき、それはどんどん強さを増して
いったかと思うと、上空を紫色に照らしだし、バリバリッと空が砕かれるよ
うな音を放った。彼の身体に、音と光の衝撃がぶつかる。

「くっ……」

思わず目と耳をふさぎ、その衝撃に耐えた。すると次の瞬間、それらはスッと
気配を消す。

「え……」

青年は光があった場所に再び視線を戻したが、そこはもうどんなにみつめても
真っ黒な夜の空でしかなくなっている。彼は、この不思議な光景を目の前にし
て根が生えたように突っ立っていた。


時がとまったような静寂のなかで、ふいに背後からパチリという鋭い音がした。
彼はビクリと震え、振り返ったが、それはどうやら暖炉の中でマキがはぜた音
だったらしい。

「そうだ、パン生地が……!」

暖炉のそばの作業台の上に、ひとり残されたようにして置いてあるパン生地が
目に入る。彼はかけよると生地にふれた。

生地は先ほどと変わらないあたたかさを保っていて、青年はホッと安堵の息を
つく。生地の息遣いを確かめるように彼は手のひらでそれを包むと、もう脇目
もふらずにふたたび生地をねり続けていった。
青年は最後に生地をき
れいにまるめると、大きなボールにいれてフキンをかぶせる。

「さあ、あたたかいところに置いて、発酵させよう」

青年は作業場に備えつけてある発酵機にそれをいれると、きちんとドアをし
めた。一仕事を終えると、彼は思い出したように窓のところへ戻り、もう一度、
静かになったカミナリ山を熱心に眺める。

「明日、ブラパンマンたちに調べてもらおう」

そういって、彼は空を見上げた。

いつのまにか雨はあがり、空の高い所では雨雲がちぎれ飛ぶように流されてい
く。その後ろからふたたび姿を現した月は、冴え冴えと澄みわたり、静かにパ
ン工場とカミナリ山の両方を照らしだしていくのだった。
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