玄関の鍵が開いた音がした。
それは酷く微かで、そしてまた、僅かだった。

外は雨。

朝から生温い空気が肌に張り付いて、何とも気持ち悪い一日だった。

極め付けに降り出した雨。
一日の最後を締めるのに相応しい、誰かの涙のような雨が降り出していた。

濡れた足音が聞こえる。

俺は小さく息を吐き、少しばかり煙った天井を仰いだ。

彼女はまた、泣いているのだろうか。

浴室から、存分に濡れた衣服が床に落ちる音を拾う。

やがて聞こえてきたのはシャワー音。

俺は再び嘆息した。

ずぶ濡れで帰宅して、ずぶ濡れで泣く彼女。

俺が出来ることはといえば、部屋を温めて、牛乳を沸かしておくことくらい。
思うほど俺は、彼女の役に立っちゃいない。

灰皿に煙草を押し付けて、ストーブのスイッチを押す。換気扇を廻しながら牛乳を温めて、ただじっと、待つことしか出来なくて。

僅かに曇った眼鏡を外し、長くなった前髪をかきあげた。

彼女の第一声はなんだろうか。倉林、と俺の名前を呼ぶだろうか。

火を止めたら脱衣所に行こう。全てを洗濯機に突っ込んで、まるごと洗ってやる。

例え怒られたって、泣かれるよりはいい。




なんてことを、柄にもなく考えた雨の夜。



4/24 倉林春






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