gift

□Den Lille Havfrue
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広くて深くてまばゆい、エメラルドにぴかぴか輝いている海のまん中へ行って、深く深く、どこまでももぐっても、きっとそのうつくしいところには、人間のあしは及ばないことでしょう。
それでもそこにはたしかに、あおく、金色にゆらゆら揺れて、ごうかで素敵な国があるのです。
息のつづかなくなって、水面に上がっていくあなたに伸ばされている、白くて華奢な、かわいらしい手もあります。
目を開けていられないような嵐にいっしゅんかんに飲み込まれて、海のまん中でおぼれてしまった人間はみんな、その国へ流れ着いてくるのです。
すっかりつめたくなった人間が、そうして流れ着いてくると、その懐をいちばんにたしかめにいって、たくさん、いろいろな国のうつくしい金貨、銀貨やら、ぎらぎらしたナイフやら、とうとい光をたたえた、ダイアモンドのくっついたネックレスやらをもらってくるのが、その国でいちばんのべっぴんと噂の、人魚のお姫さまのナミでした。

「この青い、光る、とうめいの石が一番すてきね」

今日も不思議なきらめきかたをする宝石をやまほど抱えて、うすももいろの透き通った貝殻で屋根をふいた、さんごのお城へ帰ります。

そんなナミも、とうとう18の誕生日を迎えることになりました。
国中の人魚たちがナミの誕生日を祝福しようと、それはそれは美しい、神殿のようなお屋敷で誕生会を開きました。
ナミはでも、そんなのちっとも嬉しくなんかなかったのです。
たくさん贈ってくれるプレゼントはどれも素敵で、そればっかりはありがたく頂いておきましたけれど、みんなのお祝いの文句を聞くより早く、ナミはお屋敷をあっという間にとびだして行ってしまいました。
というのも、一人前になると、人魚はみんな海の上まで行くことを許されるというので、ナミにはそれが待ちきれなかったのでした。

いよいよ海の上に出てきたナミは、そのすがすがしいのと広々しているのとで、すっかり気持ちよくなりました。
うんと手をのばすと、こぶしの先に、海流にさからうような、空気のうわっと押しよせるのを感じます。
みんなにちやほやされるのだってけっして嫌いなんかではなかったのを、がまんしきれずに抜け出してきたところの、ナミのほんとのいちばんの関心といえば、もちろんおかの宝ものでした。
ダイアモンドだって、ルビーだって、ナミは難破船のなかの宝箱や、つめたくなって流れ着いた人間の懐からみつけた、たった一度きりしか見たことがありませんから、やっぱり名前だって、ダイアモンドと言うんだなんて知りませんし、見知らぬきらきらした宝石や人間の娘の着ている着物への、実際よりきらきらしいあこがれだってありました。
水面に出るまで、ナミはちょっとこぼれてくるだけであんなに素敵な海の上の世界なんだから、ほんとうに見たらいったいどんなにぴかぴか輝いてることかしらなんてどきどきしていたのです。
それでも実際、海の上の空気をすいこんで、しずんでいくところの太陽で金のネックレスみたいに輝いているちぎれ雲を見てしまったら、ナミはもうダイアモンドやルビーにばかり気持ちをうばわれてはいられなくなってしまったようでした。

ところで人魚が、100年と言わず200年、300年と生きるというのはみなさんもご存知のところでしょう。
ナミが見つけた難破船も、じつはナミの生まれる何百年も前からずっとそこに沈んでいたものです。
200年、300年と生きるたくさんの人魚たちの中には、やっぱりナミと同じように海の上の宝物をほしがる者もおりましたけれど、それでもナミほど上手くはみつけられなかったようなんです。
18年しか生きていないのに、こんなに上手に泳いで、こんなに上手に宝物をみつけるのは、やっぱりナミしかいませんでした。
そうして海の上に、こんなに興味をいだくのだって、海の上の宝物をこんなに持っているのだって、300歳になるまでずっと綺麗で、ずっと乙女のように無邪気で、ずっと贈り物をもらえる人魚の女たちの中でも、やっぱりナミしかいなかったのです。
それというのも、海の中にだって、珊瑚やすきとおった美しい石や、真珠の大きなのがたくさんあったりして、ずいぶんにぎやかなのですから、わざわざ暑くて火照ってしまうおかまで行くことはないのです。
ところが100年、200年と月日が過ぎて、乙女のように無邪気な人魚たちでも、おかのほうでなにかが変わっているのにはすぐに気がつきました。
もうほとんど船がしずんでこないし、硬くてくらい色の、ぶすいな塊が流れ込んでくるか、たくさんの死んだ魚たちの群れが流れ着くようなことばかりが起きるようになりました。
人間たちに余計なほうまで興味をひくようなことをすると、ろくなことがないというのは、もう3000年も前からわかっていたことでしたので、もうずっと生まれたときから街もおうちも変わらずにいて、いそがしいのに慣れない人魚たちも、行動をおこすことにしました。
人魚の国の王さまは、魚のように息の続くようになった人間たちに見えないように、人魚の国を海の底の裂け目のもっと深くの場所へ置いて、その上にそっと海の塩でできたヴェールをかぶせました。
光るお魚をたくさん集めて、太陽の代わりにもしました。
そうしてちゃんと人間たちが変わっていくのについていけるように、このごろはみんなもよく海の上に顔を出すようになったのです。
もちろん、海の塩のヴェールをかぶっていますから、人間がそれを見ても、ちょっと白鳥がつばさをひろげたくらいにしか見えませんけれど。

ところがナミは、そんなふうにして海の上に行くのは、窮屈だし、退屈だと思っていましたから、王様やまわりの家来から危険だと諌められていたのにも、つい耳を貸しませんでした。
そうしてやっと、海の上に上がってきたのです。
みんなが言っているほど、沈んでもへいきな船や人なんかを見かけることはありませんでしたから、道中はたいくつなものでした。
だからこそ、いっそう夕日に照らし出された空を見たときには、びっくりしたものです。
そうしてナミが、初めて大きな船を見たのも、そのときでした。
それが、人魚の国のちかくにあるような、木でできたでこぼこした沈没船とはまるで顔がちがうのです。
すきとおったガラスの窓も、どこかうすっぺらくて、四角くて、おもたそうな船の横腹にぴったりはまっていて、イルカのようにつるつるしているのです。
一生懸命に飛び跳ねても、窓のすぐ下までしかとどきませんでした。
みつかって、いじめられてはナミもかないませんけれど、このまま夜になってしまったらつまらないので、ナミは生きた人間の顔を拝んでやろうと、船の影にかくれてその横腹を尻尾でこづいたりしましたが、その横腹のかたいことといったら、ナミはすこしだけ尻尾をいためてしまいました。
そこでナミはようやく、ノックするのをあきらめて、船尾へ回って歌を歌おうと考えました。
ナミの歌声はその見目のうつくしさと並んで、国中の評判になっていましたから、きっと誰か顔を出すに違いない、そしたらちょっとからかってやろうとナミは思ったのでした。
船尾へ行くにも、くじらのように大きな船でしたから、顔がほてらないようにたびたびもぐっては、顔を出している間、ナミは鼻歌を歌っていました。
すると船尾につく前に、ひとりの人間がちょっと顔を出したものですから、ナミはあわててまた水のなかへひっこみました。
ゆらゆら揺れる水面ごしに、その人間はすこし首をかしげたように見えました。
どうやらそう賢くないやつのようだと思って、ナミは愉快になりました。
ひょいと顔を出して、今度は尻尾を出して、こいつをからかってからおうちに帰ろう、そう思って水面に顔を出すと、こっちを覗き込んでいたのは、それはそれはうつくしい人間でした。
そしてびっくりするかと思ったら、ふっとにっこり笑ったので、ナミはついそれに見とれて、からかうなんてことはつい忘れてしまったのです。
その人間は、誰かをよぶでもなく、手を振るでもなく、ただこっちを見つめて、にこにこしているのでした。

「もう歌はおしまいなの?」

やがてその人間はそう言いました。
船べりから水面までは、おどろくほど距離があるのに、ちいさくしゃべったようなので、声はとどきませんでしたけれど、なんとなくナミにはなんと言われたかわかりました。
けれどもほかの人にもみつかってしまったらやっぱり怖いので、ナミは黙っていました。
その人間は、びりっとメモをやぶいて、なにか書きつけると、飲んでいたらしい瓶のなかにそれをまるめて入れて、栓をして、ナミの方へと投げました。
そうして手を振って、船は行ってしまいました。
船のうしろにできた水流で、ナミがちょっとあわてているうちに、船はずっとむこうまで行ってしまいました。
ワインのボトルをにぎりしめたまま、ナミは貝殻とさんごでできたおうちへと帰っていきました。
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