「光の眠れる者と目付きの悪いサラダ菜女。」
□開く扉
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結局、立ち止まった自分だけが時を止めていた。
「あれから、もう一箇月経つのねぇ」
しみじみと、母親が呟く。ノヂシャは机でのんびりと茶に口を付けた。
イリスとの邂逅から一月。ノヂシャは塔ではなく、実家にいた。あの日イリスの城から、ノヂシャは真っ直ぐ町の中心地に程近い家へ帰って来た。
久しい町は、誰も髪を短くしたノヂシャに気付かなかった。おかしかった。あんなに引き籠もる前は騒動を起こしたのに、町の皆が忘れていたのだ。精々、家の父親母親、若い衆や知人や近所のみんなが驚いただけだった。
「父さん、凹んでたわねぇ。あんなにノヂシャを想う自分じゃなくて、ぽっと出の城の人間にって」
笑う母親は穏やかだった。あの日塔でしていたように自宅兼父の、そして今はノヂシャの仕事場でも在る家の掃除をしながら、快活に笑っている。
やはり塔ではどこか無理をしていたのは否めなかったから、少しだけ、ノヂシャは気分が軽かった。
「ねぇ、お城どうだった?」
「どうって?」
「だって、あんた、王子様に呼ばれたんでしょ!? どうだったの格好良かったのどうなのよ!?」
……どこの娘か。軽いのも考え物だとノヂシャは纏めている髪に触れた。
「母さんも見たかったなぁ、王子様! もう見られないの、残念ねぇ」
母がぼやく。そう。城の『眠り姫』こと王子イリスは、もうこの町を見下ろす城にはいなかった。
本城に帰ったのだ。母親が言うには、前から本城の遣いが来ていたらしい。
あの王子様も、ただ切っ掛けが欲しかったのだろう。
自ら掛かった呪縛から、醒める切っ掛けを。
元気にやっていれば良いけれど、とノヂシャは苦笑した。
そのときだった。
「いらっしゃいま……」
ノヂシャの家は、父親が仕事を請け負うために店みたいに解放された一角が在り、ノヂシャと母親がいたのはそこだったのだが。
その扉が開いたのだ。
「こちらで、建築を請け負うと聞いたのだが」
「ええ、どんなご用件でしょう」
「少々遠くなるのだが、少し改築をしたいんだ……城の修繕とかは頼めるのか?」
「ええ、承りますわ─────王子様」
受付嬢らしく、突然の来客にノヂシャは微笑んだ。
【How about the following fairy tale?】