バレンタインデー

□バレンタインデー








2月。


一年で最も日数の少ない月。


そして日本中で、最も女性が色めき立ち、男性がどこと無くそわそわし始める月。


また、製菓会社が力を入れる、勝負の月……。


その原因となっているイベントの事は、1月の中旬くらいから既に認識していた。


理由は簡単。


製菓会社の戦争図とも言える特設コーナーが、行きつけのスーパーで展開されたからだ。


毎年、幸村はそれを純粋に『美味しそう』、という理由だけで眺めていた。


しかしその特設コーナーの中に足を踏み入れる勇気は、残念ながら存在しなかった。


これもまた理由は簡単。


そこに入っていく客層の全てが、当然の如く女性だったからだ。


2月最大のイベントの主役といえば、当然女性である。


目移りしそうな程に溢れた、ある一種類のお菓子類に目を輝かせて、どれを買うかを品定めできる権利は女性に集中している。


結果、毎年幸村は特設コーナーの商品の数々を、遠巻きから眺める事しか出来ずにいた。


……が、今年は少し事情が変わりそうだった。


クラスメイトに言わせれば『春が来た』、と言ったところか。


けれど、あの中に足を踏み入れる勇気はやはり無く、かといってその事情を無視する事は出来ない。


結果、悩みに悩んだ期間は約半月。


あまりに悩みすぎて、同居人やクラスメイトに余計な心配をかけてしまった始末だ。


そんな折、絶賛悩み中の幸村に助け舟を出したのは、余りにも意外な人物だった。



「幸は、今年のバレンタイン……、どうするの……?」
「……………………は、はいっ!?お、お市殿、何故その事を……!?」



2月10日。


2月最大のイベントであるバレンタインデーを、来週に控えた木曜日の昼休み。


普段会話はおろか、顔を合わせる事も少ない、隣のクラスのお市が控えめながらも声をかけてきた。


あまり言葉は交わさないものの、何故か『幸』と呼ばれて親しまれているが、今はとりあえず良いだろう。


問題は、何故自分がバレンタインデーの事で悩んでいるのかを知っているのか、という事……。


自分はそんなに解りやすいだろうかと厭な汗が流れたが、その答えは簡単だった。



「鶴姫ちゃんが言っていたの。『同志だから』って……」
「……あぁ、その事で御座ったか……」



答えが解って、どっと疲労感が押し寄せた。


いつの間にか鶴姫と『恋する乙女同盟』なる物を結成させられたのだが、良かったのか悪かったのか……。


……否、この場合は是としておこう。


おかげで半月にも及ぶ悩みが解決しそうなのだから。



「た、確かに何かお渡しできれば、と考えておるのですが……。買いにいこうにも……」



あんな中に、男が一人で入っていくなど恥ずかしすぎる。


それが幸村の最大の悩み。


それに、男の自分が渡しても良いものかどうかも……。



「じゃあ、市達と一緒に、手作りにしましょう…?
今年は、市、長政様に手作りチョコ渡したいから、鶴姫ちゃんと一緒に、まつ先生に教わるの…」
「手作り…で、御座るか…」



確かに、その手も考えなかった訳ではない。


ただ、手先の不器用な幸村は、その案を浮かんだ瞬間無理だと決め付けて、却下してしまったのだ。


しかし、まつ先生といえば、家政科の教師で料理上手だと評判である。


まつ先生に料理を習えば、どんな素人でも上手くなるとまで噂されているくらいだ。


まつ先生に教われば、料理下手な自分でも作れるかもしれない。


半月にも及んだ悩みが、解消された瞬間だった。



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