小説 参
□朧月夜に舞う蝶は 2
1ページ/10ページ
プロローグC 奈良シカク
『なぁ、オヤジ。樹海の森北地に、人って住んでるモンか?』
何気ない息子の言葉に、俺は、もう少しで持っている湯飲みを落としてしまう処だった。
シカマルの母親、つまり現在の妻に出会うより前
俺は1人の女と出逢い‥愛していた。今でも彼女は、俺の心を掴んで離さない。
黒ヰ 軽穂―――
引っ込み思案で、穏やかで、口数の少ない それでいて、いつも笑顔を絶やさない
芯の強さと しなやかさを秘めた‥‥
人を疑う事を知らず、だが、驚くほどに記憶力や洞察力に優れた どこまでも美しい彼女と
初めて出逢ったのは、もう20年前になろうか。
『私に関わってはいけません。私達は、里の役立たず。存在そのものが恥であり、陽の当たる場所に居る事を
許されておりません。後生ですから、その手を どうぞ御放し下さい‥シカク様‥‥。』
たった1度きりの契りは、月のない新月の夜。
しなやかに弾ける肢体と、しっとりと手のひらに吸い付く様な極上の肌。
彼女のドコが役立たずなのか、どうしてそこまで自分の事を卑下するのか。
軽穂の事しか考えられない、もう彼女しか見えない‥‥
そんなある日、彼女はプツリと消息を断ってしまった。
‥‥いつもの様に 北地へ戻ったまま―――