桜色の探し人

□#08 色褪せぬ面影(キオク)
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──コン、コン。


「どうぞ。」


琉唯が緋碧家の屋敷に戻り、数日経ったある日。
書斎で国王からの書簡に目を通していた閏翔は、控え目に響いた音に顔を上げ、戸に視線を向ける。
戸はゆっくりと開けられ、その隙間から琉唯が顔を覗かせた。
彼女は閏翔の手に書簡を見つけると、決まり悪そうに苦笑して口を開いた。
「ごめんなさい、出直すわ。」
言って、戸に手を掛ける。
「構わない。座れ。」
閏翔は書簡を丁寧にしまいながら言う。
そして、琉唯は遠慮がちに部屋に入り、机の近くの椅子に腰掛けた。

「…で、どうした?」
閏翔が訊くが、琉唯は言いづらそうに俯いてしまう。
「…絹綾村に行きたいのだな?」
「え?!あ、えーと…」
琉唯は顔を上げて目を見開き、視線を泳がせ、また俯く。
その様子に、閏翔は溜息を吐いて口を開いた。
「琉唯、遠慮は無用だと言った筈だが?」
しかし、やはり琉唯は俯いて黙り込んでしまう。
閏翔が二度目の溜息を吐き、腰を上げる。
「昼過ぎで良ければ。」
「…え?」
琉唯は顔を上げ、書類が並べられている机の方を気にする。
「案ずるな。守れぬ約束はせぬ主義だ。」
閏翔は表情を変えずに窓を開け、席に戻った。
「…うん。」
頷き、琉唯がやっと微笑みを見せる。
「これを片付けたら呼びに行く。それまでに支度をしておけ。」
「うん、分かった。ありがとう、閏翔。」
言って、琉唯は部屋から出て行った。
それを見届け、閏翔は机に向かって仕事を再開した。


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「──…只今戻りました。父様、母様…。」


未の刻を回った頃。
琉唯は、焦土と化した絹綾村の跡地を見渡した。
変わり果てた、自分が生まれ育った村。
琉唯はただ、視線を地に落とす。

沈痛な面持ちで辺りを見渡す琉唯の肩に、閏翔が静かに手を置いた。
普段はあまり表情を浮かべない彼の瞳が、今は色濃く悲哀を滲ませている。
琉唯は、仄かに悲哀のまじった微笑みを浮かべ、彼に向けた。
「…大丈夫よ。」
そして、また辺りを見渡す。
そんな彼女の横を沈黙したまま抜け、閏翔が焦土の中心に歩んで行く。
「…琉唯。」
彼は少し歩いたところで足を止め、振り返って彼女を呼んだ。
琉唯は微かに首を傾げ、彼の方に歩いて行く。
閏翔は琉唯が近付いて来ると、彼女から目を離し、自分の足元を見つめた。
彼の隣まで来た琉唯もまた、彼の視線を辿って地面に目をやる。
「これ──…ッ!」
足元に輝くそれが視界に入った途端に、彼女は目を見開いてしゃがんだ。
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