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□ハルシオン-黄昏の空に-
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1、囚われの姫君
荒れ行く故郷。
領土拡大に狂わされた統治者。
自らの娘を生け贄に差し出す燐国の王。
幽閉された姫君。
暗い石造りの城。
民衆の叫び声。


あぁ
この国の全てが狂ってしまった。



カラスの鳴く声が不気味に響く。窓から見える景色は灰色がかり、暗雲はいつまでも大空を埋め尽くす。
そんな中に佇む石造りの城は見るからに冷たそうで、荒れ果てた大地に調和していた。
城の中、ある一つの窓の前で一人の少年がただ外を眺める。
虚ろな瞳に映るのは変わり果てた故郷で、彼の顔は疲労と絶望の色で覆い尽くされていた。

トントン。
少年の意識に久しぶりに外部からの音が入る。
「失礼いたします」
ドアを開けて入ってきたのは召し使いの優しげな婦人、メアリー。
「シーク様、お茶をお待ちしました。」
優しい温かな気配に少年は虚ろな目を彼女に向ける。そのときふと、少年シークは彼女が引いてきた台に乗る、もう一つのティーカップに気付く。
「これは隣の国のお姫様の分ですよ」
シークの視線に気付いた彼女は、柔らかい口調で言う。彼女はそれでも尚視線を移さないシークを悲しげに見つめ、彼の前で温かな紅茶をを注いだ。紅茶の匂いと温かな湯気がシークの鼻をかすめる。メアリーはシークの前に紅茶を置き一礼。いつものように「では、シーク様失礼いたします。」そう言って踵をかえそうとした彼女に、シークの虚ろな目が少し動いた。
「メアリー・・・今から、行くのか?」
「え?」
少年は数ヵ月ぶりに口を開いた。
その声は掠れていて、彼女は即座に何を言っているのか理解出来なかった。「あ、はい。今からお持ちしようと思っていたところですよ。」
「そうか。」
少年の視線がまたもう一つのカップに向けられる。
「シーク様、一緒に届けに行って下さいませんか?」
温かな声がシークの瞳に光を入れた。
メアリーは促すようにシークに微笑みかけ、部屋から出ていってしまった。
残されたシークの足は自然に動きだし、もう何ヵ月も出ていなかった部屋に別れを告げた。
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