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□川蝉ーkawasemiー第一戦「帰郷」
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広い河原で、立ち尽くす者がいた。
一見すると幼さの残るその顏には似合わない長い木刀を持つ。その者の周りには、自身よりもはるかに大きな人間たちが折り重なっている。不思議なことに、その全員に息の音はあり、致命的な傷は負っていない。

曇天の空から雨粒が降ってくる。
右目を細め、大粒の雨に打たれている彼女は、まるで泣いているかのようだった。


---------第一戦、「帰郷」
昨夜の雨は嘘かのような晴天下。
町は少しずつ賑わいだしていた。
昼時とのこともあって、道沿いの店からは食欲をそそる香ばしい匂いがしていて、店の中から慌ただしい声が聞こえてくる。
そんな町並みを横目で見ながら目を細めて歩く男がいた。
ー相変わらずだな。
そんなことを考えながら馴染みの道を懐かしむ。
懐かしいついでに、と足を止めた。
ーあいつらに買ってってやっかな。
町の入り口に昔からある屋台に顏をだした。
「自慢焼き、3つ・・・あ、4つ下さい」
屋台の主人は一度目を細め、青年をまじまじと見た。「自慢焼き、くれよ、おっちゃん」
「お前、遊一(ユイチ)か!!」店の主人は1年ぶりの常連客の姿に驚き、喜んだ。
「しばらくみないうちに立派になったなぁ」
主人はしわを寄せてこの青年、遊一を見た。
焦げ茶色の短い髪に、額の白いバンテージがが良く似合う。
それは後ろに長く垂らされていて、風にたなびいていた。
少し汚れた着物のような服とズボン。
軍服めいた黒地の上着は内側が深紅で、ボタンは金色だった。
昔、遊一が泥だらけで転がり回ってる頃から知っている主人にしてみれば、大層立派に見えたはずだ・・・。しかし、実のところ1年前にこの町を出た時とさほど服装は変わっていなかったりする。
長旅になるから、と言って姉が昔父が着ていた一番丈夫な服を出してくれたのだ。
だが、そんなことは主人に分かるはずもなく、主人は遊一がさぞかし出世したのだろう。と勘違いしている。
「いつ帰って来たんだ?」「今だよ。この店が見えたから鹿目たちにでも買ってってやろうかなって思ってさ。」
遊一は同郷の友を思い出してにこにこしている。
「そうか、そりゃあ引き止めちまって悪かったな。持ってきな。」
主人はそう言うと、ほくほくの‘自慢焼き’を5つ手渡した。
‘自慢焼き’とは今川焼のようなもので、中には温かいつぶあんが入っている。「ありがとな、おっちゃん!」
「良いってことよ!」
一つ余計に入れてくれた主人に手を振り、遊一は道を急いだ。

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その頃、町医者の家はなんともいえない空気が立ち込めていた。
そこにいる青年は頬杖をつきながら、本日何度目になるかわからないため息をついた。
ー暇だ。
今日は町医者の先生もいなく、患者も来ない。
おまけにいつも昼時になるとやってくる食い逃げ泥棒もやって来ない。
自分一人だと考えると、ちゃんとした昼食をとることさえ面倒になってくる。
脱力感が全身に回って、もう何をする気も起きなかった。
その脱力原因はなんとなくわかっている。
というより確信できる。
いつも来るはずの人が来ないのだ。
最初はたまにしか来なかった彼女が、今ではもう当たり前かのように昼食を食べに来る。
それはもう暗黙の了解であり、ここにいる長髪の町医者見習いには日常になっていた。
それがここ数日来ない。
何の連絡もなく、来ない。最初は何かあったのかと心配だったが、こう何日も続くともうわけ分からなくなってくる。
おまけに昨日もあの雨の中仕事をこなしたらしく、役所の人が喜んでいた。
普段は「昼食泥棒」だなんて言っているだけに、昼食に誘いにくいことこの上ない。
出ない答えを考えていてもらちがあかず、この状態だ。
心配だからと言ってここを空けておくわけにもいかないのだからしょうがない。
ガラッ。

そんなことを考察していると、表のひき戸の音がした。
「椿、昼はまだかー?」
悩みの主、登場。
「まだだが」
まだだが何だ?と言わんばかりの物言いで言った。
椿はいつも無愛想な顔だ。と言われるが、彼女に向けている背の裏側では、口元が緩んでいたのだ。
「そうか!奇遇だな!!今から何か食べないか?」
あくまで無邪気に言う彼女に安心し、微笑んでしまいそうな自分を押し込めて、無愛想な顔で振り返る。
「しょうがない、いつか倍で返してもらうからな」
「わかってるさ」
彼女の明るい声を聞き、椿は台所に向かった。
ーやっぱり・・・。
彼女の明るさは昔からのものだ。
だが、この明るさが戻ってきたのも最近のこと。そして、誰よりも彼女の側にいる椿にはわかってしまう。どんなに明るくしても、どんなに明るさを取り戻しても、あの日から彼女は・・・鹿目は・・・笑うことが出来ないのだ。

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