風姿華伝書

□華伝書139
1ページ/8ページ

―――昼過ぎ。


「何だってっ!?」


涙に、濡れた女の気持ちを

表すかのように、少し


陰った道端で、萩の華が揺れる。


「《異人》に襲われただと?」


暫くすると、ポツリポツリ

時雨が西本願寺の鬼瓦を


滲ませ始めていった……。

朝方のことを報告に来た、

先生は、えぇ………と、


静かに頭を垂れる。


「まさか、バレちゃいめぇな。


お前が新選組の者だと…」

尋ねたのは、眉間に皺を


寄せ、僅かに開いた障子戸

へ凭れた、土方副長。


そのすぐ傍らには、同じく

険しい気色で腕組み、座した


近藤局長の姿もあった。


場所は………局長室。


「それは……何とも……」

日頃から、写経を行う程の

局長の部屋からして、余分

な物などは一切なく、


小綺麗に乾拭きされた部屋

の一番、下座に沖田先生が

一人、腰を下ろしていた。

ただ、その気色は前の二人

に負けじと、険しいものであった。


パチッと、火鉢の炭が鳴る。


土方さんは、障子戸をしめ

両手を擦り擦り、火鉢を


前にする局長の隣へ座した。


恐らく、もう少し気温が


下がり、このまま宵に


なれば、今宵は小雪が舞うであろう。


「総司にも、みつさんにも

良い機会と思って、二人を

逢わせたつもりが、とんだ

ことになったな、トシ。


まさか、例の異人に、


つけられていようとは…」

どうやら、この企てには


局長も関わっていたようである。


「あぁ……。もし疑われりゃ


命の保証はねぇやな……」

と、局長へ答えつつ


チラリと土方さんは先生へ

瞳を転がした。


例え、先生が新選組の者と

バレていなくとも、一応


馴染み客となった結羅の


面前で二人が逢っていれば

立派な《逢引き》である。

それだけで後々、みつ自身

へ結羅の怒りが向かうのは明白……。






「……大丈夫です。あの人なら」


……手討ちにあったとて、

何もいえまい…………と


そう考えていた土方さんの

瞳が、みるみる内、丸くなっていった。


「何故、そう言い切れる?

例え運良く、お前のことが

バレちゃなくとも、己を


裏切った女だ、斬ったとて

可笑しくねぇぞっ」


「そうだぞ、総司。二人には


早々、山吹屋を出るように使いを…………」


「っ、いいえ!……大丈夫です」


二人の言葉を断ち切ったのは


沖田先生であった。


少し、騒がしいいつもの


喧騒に、小雨の水音が重なっていく。


先生は……僅かに微笑を


たたえていたようであった。


「……何故だ?」


「だって、土方さんが


言ったんじゃないですか。

《私が一々、不安がる程、

みつさんは弱いのか》って。


私は……そうは思いません。


故に、あの人なら、


己の力で必ず、何とかこの

状況を乗り越えられると


信じています」


「っ、……………」


――…みつさんは


    《弱くない》…―

思わず、二人の口が空になる。


みつの身を案じ、何より


一番、不安を抱いていると

ばかり思っていた、先生の

まさかの一言に、言葉が


続かなかったのである。


パチッと、火鉢から小さな

火花が上がった。


すると、先生は何を思った

のか、立ち上がり、障子戸

へ手をかけると…………


「………それに。まだ、


拠点を突くつもりは


ないんでしょう?土方さん」


クルリと、振り返った。


ん?と、顔を上げたのは


近藤局長。


「どういうことだ?トシ。

山吹屋へ乗り込む気ではなかったのか?」


土方さんは腕組みを解き


火鉢の炭を突きつつ、


ニコッと微笑んだ。


「おぅよ。最初は、そう


思っちゃいたが、まだ


突かねぇ。まずは周囲を討つ」
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ