風姿華伝書

□華伝書134
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―――深夜。


  カーン、カーンッ


草木も眠る丑三つ時。


宵の京のあちこちで、火の

用心を呼び掛ける見回りの

声が響き渡る頃。


今だ、灯の消えない祇園、

山吹屋の屋内では………


「……灯りが、付いてる」

「本当ですね。誰も出入り

した様子はないのに……」

雨雲に陰る月光を避ける


ようにして、姿を隠しつつ

件の離れ座敷を伺う、


梅野・みつの姿があった。

屋根の付いている渡り廊下

の端から、ぼんやりと


灯りの灯った座敷を厳しい

四つの瞳が、見つめている。


刻限としては、そろそろ


客も帰り始める頃であるが

先程から二人が張り込む


庭先に建てられた離れ座敷

に灯った明かりは明々と


していて消える気配すら


なかった。


とはいえ、まだ人気は多い屋内。


無理に動けば、誰に


気付かれるかも、わからない。


しかし、運が良いのか


悪いのか。


先程から降りだした小雨が

「……もう少し、近づいてみよ」


「っ、でも梅野さ………」

と渡り廊下を渡り出した


二人の足音を揉み消していった。


次第に、各部屋の灯も


消されていく中……………

―将軍の行列を襲った連中を


何としても捕まえる……―





     スッ


その思いだけを胸に、


梅野は音もなく、薄緋色に

色付いた障子戸へ耳を近付けていく。


そんな梅野の姿を、みつは

少し背後から不安気に


見つめている他、できなかった。


これが、監察の仕事……と

緊張が身を包み、その背へ

従うだけで精一杯だったのである。


ギュッと、みつは白地に


櫻を散らした着物の袖口を

握りしめた。


二人の座る縁側で、屋根


から垂れた水滴が跳ねていた。






………と、その時だった。

   クシュンッ!


「ちょっ、みつはんっ?」

「すっ、すみませ……っ」

まさかのタイミングで


小さなくしゃみが、みつを

襲ったのは…………。


『っ、誰だ!?』


案の定。


中にいた人間の声が響き、

バンッ!と勢いよく、


障子戸は開かれてしまった。


室内を照らしていた燭台や

行灯の灯が、一気に二人の

瞳を襲い、一瞬、目が眩み

「っ、早よ逃げ…………」

逃げ腰が動かない。


…………そして






「…そこで、何してる?」

「っ、あ…………」


室内から戸を開き、現れた

一人の男の姿に、もう


二人は動けなくなっていた。


(………《碧い瞳》………)

碧眼…と、現代なら一言で

済むことであるが、当時の

日本人には全くといって


いい程、馴染みはなかった

ものであろう。


「芸妓か?頼んだ覚えは


ねぇがな…………………」
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