風姿華伝書

□華伝書132
1ページ/7ページ

「っ、一・・・・・」


一隠すつもりは


    毛頭ありません一

一瞬。


その場は、冷気が漂うよう

な空気に包まれた。


「あ、あの、優さ・・・」

困ったのは、雪野である。

無論。


このような、狭い場所で


大立ち回りなどされては


今後の仕事に何ら、支障が

出ても可笑しくない。


況してや、この二人の


《信頼》が崩れてしまえば

その影響は、さらに先・・

彼女達の《囲主》にまで


及ぼしかねないのである。

(一・・・何としても・・)

・・・それだけは、避けたかった。


もし、それが現実に


なったら最後・・・隊は


  《分裂》する。






・・・と、


「一・・・。馬鹿ねぇ」


その空気を一変させたのは

「私が《副長》から、何も

聞いていないまま、ここへ

来るわけ、ないでしょう」

・・・ニコッと、微笑みを

たたえた、優。


え・・?と、みつと雪野の

キョトンとした気色が


ほぼ同時に上向いた。


そして、そのままの表情を

浮かべるみつを反転させ


小窓の正面に据えられた


姉妹共同の鏡台の前へ


座らせると、優は


持ってきた風呂敷包みを広げた。


「・・・知ってるわよ。


全て、話は《聞いた》わ」

「っ、え一・・・・・?」

広げられた風呂敷から


現れたのは、二着の、優の普段着。


一つは、白地の胸元、袖に

秋の草花である、露草を


描いた落ち着いた柄のもの。


もう一つは、如何にも


江戸の人間らしい、一風


変わった柄のあしらわれた

小袖であった。


「昼過ぎに・・・突然


帰ってきた、歳三から


頼まれたのよ。ここの


髪結処で、みっちゃんの


着付けを手伝ってくれって。


そして、理由を問い質して

いく内に一・・・・・ね」

恐らくは、その時、全ての

ことを聞いてしまったのであろう。


何故、みつは急に消息を


たったのか・・・・そして

昨夜《何が》あったのかを。


「っ、ゆ、優さん・・・」

みつは、半腰になった。


今までずっと、本当の姉の

ように、慕ってきたのである。


台所仕事ではよく叱られ、

想う人のことでは共に


一喜一憂し、いつも互いに

助け合ってきた。


・・その優が、このような

扱いを受ければ何を思うか

など、百も承知である。


そう、一人蚊帳の外に


されることなど、もっての

他だということくらい・・。


「・・・ただし一・・・」

すると、半腰になったまま

固まっていた、みつを再び

鏡台の前へ座らせ、


「・・・もし、貴女が私に

《謝る》ようなことが


あったなら、平手の一つ


くらい、見舞いしてあげる

つもりだったわよ」


持参した着物を、合わせ


ながら、スッと鋭い瞳を


鏡中へ、向けていった。


「一・・・・・・っ」


思わず、固唾を飲んだのはみつの方。


「・・だって、そうでしょう?


歳三は副長として、貴女を

襲ったんだから、何も


みっちゃんが、《謝る》


必要なんてないじゃない。

《私情》じゃないなら


私が、あれこれ口を出す


必要も、ないのよ」


一・・故に、平手どころか

己が、みつへ怒りを現わに

すること自体が無意味だと

つまりはそう、言いたい


のであろう。


「ごめんなさい、雪野ちゃん。


ちょっと、手を貸してもらえる?」


優は、今だ言葉一つ、出て

こない、みつを立たせた。

一・・・そして、


「・・やっぱり、少し


大きかったみたいね」


と、露草が描かれた着物を

軽く着付けながら、一言


呟くと、近くに座っていた

雪野へ、針と糸を頼んだ。

どうやら、着付ける着物は

小袖ではなく、こちらの


涼しげな白地のものに


決めたようである。


パタンッと、一旦部屋を


後にした雪野が、襖を


閉じる音が、すっかり


冷えた、みつの肩先を揺さ振る。


その気色は一・・・


「・・ほら、みっちゃん。

笑って。そんなに泣いたら

節介、用意した着物が台無しよ」


すでに、涙と鼻水で


一杯一杯、であった。


「っ、そん・・・なこと


言ったって。優さ・・っ」
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ