風姿華伝書

□華伝書145
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「枯れ井戸だとっ?」


一瞬で。


「だが、どうして枯れ井戸

から《音》が………?」


次第に闇が白け始めた、


かつての中庭を希望と不安

が駆け抜けていった。


立ち尽くす彼等の頭上を


茜に染まった細い雲が棚引いていく。


フゥ……と、先生は仰ぎ見る


陽冬の空へ、白々しい息を

大きく吐き出した。


そして今だ、騒めきの響く

周りを避けるように静かに

一時、瞳を閉じると……


(……確たる。証拠は、ない)


―………でも、………――





    カーン……


次の刹那には瞳を開き、


皆の声が飛ぶより早く、


一気に、枯れ井戸へ身を


傾けていった。


「あっ。おい、総司!?」

「まだ、誰かわかったわけ

じゃねぇ。落ち着け……」

その爪がググッと、


湿っぽい井戸の端へ食い込んでいく。


原田さん達の制止を振り切り


先生は一気に井戸の中を覗きこんでいった。


僅かに温かみを帯びた、


湿っぽい空気が深い井戸の

底から顔面へ沸き上がってくる。


丸めこんだ背を差す陽では

井戸の先は……見えなかった。


ただただ、薄気味悪い


深い闇と、淀み湿った風が

地下へ地下へと渦巻いている。


   ……カーン


再び、音が響いた。


井戸内の積上げられた


様々な形の石に乱雑に反響

した音が、確かに皆の耳を

伝っていった。


それは、時に弱々しく


時に、強く………。


一定のリズムを刻みながら

枯れ井戸を上ってくる。


「……………っ」


それはまるで……………。






先生は、意を決した。


「みつ……さん。なのですか?」


不安と希望に色付いた


先生らしくない、か細い


声色が枯れ井戸を下っていく。


見ていられなくなったのだろう、


間髪を入れず、気付けば


大の大人四人がグルリと


この、焼け残った井戸端を囲っていた。


皆、息を飲み、その時を待っている。


「………………」


千鳥が、そんな皆の足元を

冬の訪れを歌いながら


トテトテと、小走りでかけ抜けていった。


そして…………井戸底から

響いてきた返答は










……カツンッ、


      カツッ………









「っ、みつさん……!!!

本当に貴女なんですね!?」






…………カーンッ


    ……カツッ!






……《はい》、にも似た


二つの乾いた、音……。
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