風姿華伝書

□華伝書145
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   ……スゥ。


燃えるような、真赤に


色付いた夕陽が、角張った

京の街を緋一色に染めていく。


「っ、…………」


沖田先生は漸く、歩を止めた。


その両目に映った光景は


怪我のせいなのか、辺りに

舞い散る真っ黒な灰のせいか


薄墨で描かれた水墨画の


ように霞み、ぼやけていた。


かつて祇園でも、三つの内

に数えられた程の敷地と


抱えの芸妓数で繁栄を


極めた山吹屋の、成れの


果てが今、数えられない程の


炭と煤に塗れ、ぐしゃりと

広い敷地に横たわっている。


唯一、原型を留めているのは


今、先生が立つ大きな門と

その右脇の庭に残る井戸、

そして煤けながら無惨にも

希望を求めるかのように


天へ向け立つ、数本の柱達。


しばらくの間…………


「……………っ」


先生を始め、一度は目に


しているはずの鉄之助でさえ


煤臭さに口を押え、言葉を

発することが出来ないままであった。


グッと、先生の爪が門柱に

食い込んでいく。


ザワッと生ぬるい木枯らし

が駆け抜ける度、煤臭いと

いうのか、血なまぐさいと

表現したら良いのか………

わからぬ独特の匂いが充満していく。


しかしその根源が


「っ、ひ……………」


焼け焦げた《遺体》と


わかった時、二人は息を飲んだ。


長い塀が囲う、山吹屋の


唯一の出入口である門を


幾度も抜けていくムシロの

下から覗く、真っ黒な手を

目にした鉄之助は耐えきれず


大路の脇にある用水路へ


向け、走りだしていった。

…………これが、火事場。

先生自身、昨年の戰(禁門の変)で


大きな火事場を経験済みで

あったが、今回は勝手が違う。


(………ここに…………)


……いるのかも、しれない。


この、煤臭さと炭に塗れた

景色の中に…………


この、煤けた柱しか残って

いない、この場所に……






――…《本当に》、人が


  生きていられるのか―





『……忘れろ。それが一番良い。


あの女はもう…………』


「………………っ」






――……いない………――





ふと、その脳裏を土方さん

の低い声色が駆け巡っていく。


あぁ、そうか……と、


先生の気色に笑みとも言えぬ


微笑みが、浮かぶ。


土方さんが何故、忘れろ


などと、言ったのか。


その理由が……わかった


気が、したのである。


恐らく、土方さんは……


この景色を目にした上で


先生へ向け、口を開いたのである。


例え、女の身でありながら

幾度も死地を越えてきた、

みつであったとしても……

この光景の中では、人が


《生きている》とは、


とても思えない、と……。
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