+ノンジャンル小説+

□喫茶 時計屋
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カランコロンカラン

ベルを軽快に鳴らして、喫茶・時計屋のドアが開かれた。
現れたのは、今風な格好の若い男。
明るい茶髪にピアス、だらしなく着こなしたジーンズが似合っている。

「いらっしゃいませ…ってお前か」

主人は、男を見るなり接客用の愛想笑いから一変、無愛想にそう言い放つ。
その言葉を向けられた男はと言えば……、

「“お前か”ってことはないデショ…俺も客ヨ?」

主人の言葉を気にする様子もなく、これまた今風の若者に有りがちな砕けた物言いでそう言うと、カウンターの左端に腰掛けた。
店全体を見回せるその場所が、男の定位置。
そこに座ってコーヒーを飲みながら、店に来る客を眺めるのが男の習慣のようなものだった。

「いつもツケにして帰る奴のどこが客だ?」

そんな男に、主人は溜め息混じりにそう返し、

「まぁまぁまぁ、いーじゃない?そのうち払うって」
「はいはい。いつだかね」

そんなやり取りをしつつ、温かな紅茶をカップに注ぐ。
何度注文を取っても、

『マスターのお薦めで☆』

そう返す男。
いつしか主人も注文を取る事はなくなり、その日の気分で勝手に紅茶を入れていた。
時には、まだ店には出さない試作段階のブレンドなんかも飲ませて感想を聞く。
深い付き合いはないけれど、ただの主人と客でもない…それが、二人の関係であった。

「ブレンドティーにございます。“お客様”」

わざとらしく丁寧な言葉遣いで“お客様”を強調すると、主人は男にカップを差し出す。
ほんわりとそれから上がる湯気と共に、爽やかな香りが漂ってくる。

「んー♪今日のもいい薫りだネ」

主人の嫌みなど聞き流し、ハーブの薫りを楽しむ男。
顔は至極幸せそうに緩んでいる。

「若造の癖に知ったような口を……」

主人はそんな男見て呆れたように呟くと、カウンターに頬杖をつくようにしてもたれ掛かった。
50代半ばの主人にしてみれば、18かそこらの風体をした男は確かに“若造”と言うに値するだろう。
しかし男はきょとんとした顔をしてカップを置くと、にやりと笑いながら問い掛けた。

「若造ねぇ……マスターって歳いくつ?」

男のその反応に、当然ながら主人は少し不思議そうな顔をして答える。

「いくつって…歳なら今年で54だが?」

それが一体どうしたというのだろうか?
自分は年相応の見た目のはずだと、主人は首を捻る。
すると男は、ひとつ溜め息をついてから言った。

「やっぱそれくらいか。じゃあ俺のこと“若造”って言えないヨ?」

それから、まるでいたずらっ子のような笑顔を見せる。
それはやはり学生のそれと同じで……
主人は、男の言った意味がよく分からなかった。

どうしたものかと無言になる主人。
そんな姿を少し見つめてから、男は衝撃的な言葉を吐いた。
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