+恋愛系+

□大正浪漫風小説*蜂蜜色の心
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「お前、本当に行くのかい?」

いつも青白い顔を、さらに蒼白にして、母さんは私に尋ねる。
不安がないと言えば嘘になる。
けれど私は笑った。
今見せられる最高の笑顔で笑った。

「私だってもう立派な大人よ!安心して任せて!」

母さんは、少し安堵したような表情をして、けれど、また不安そうに口を開く。

「けれど、あのお屋敷は沢山の人が集まる場所だから・・・お前は、その、“普通じゃない”だろう?好機の目にさらされるんじゃないかと不安で。」

そう言って、母さんは少し視線を落とす。
私が“普通じゃない”ことの理由は、母さんにあるからだ。
けれど私はそこまで気にしていない。
昔は酷く気にして、母さんを恨んだこともあるけれど、母さんだって女として幸せを掴もうとした結果がこの私だ。
そう思えば、私は私を認めることが出来た。

「興味本位で私を見るならそれでもいいよ。私は、この髪の色も目の色も、気に入っているから大丈夫。」

そう言って、私はもう一度笑った。

私の髪や目は、少しくすんだ蜂蜜色をしている。
母さんは父さんについて深くは語らないけれど、異人さんの血が流れているのだと思う。
父さんは、私が物心ついたときにはもういなかった。
聞くと母さんが辛そうな顔をするから、聞いてはいけないのだと、幼心に思った。

けれど、母さんに言ったことは嘘ではない。
私は、この色を気に入っている。
だって、みんなと違う特別な感じがしていいじゃない?
異国の血を卑しむ人もいるけれど、そんなものは気にしない。
この時代は、私にとって少し生きにくいものではあるけれど、それでもそんな私を女手一つで育ててくれた母さんの苦労に比べれば、きっと大したことではない。

「母さんは、いらない心配しないで早く体を治してよ。きっとお屋敷の人も、心配していると思うから。」

母さんは、さるお屋敷に通い奉公をしていた。
私が小さいときからずっと働いていたが、今年に入って、ついに体を壊した。
お医者様が言うには、滋養にいいものを食べて養生すれば、きっと治るものだという。
私は、母さんに内緒で女学校を辞めた。
『これからは女も学を身に着けるべきよ』と母さんは言い、楽な生活でもないのに私を女学校へ通わせてくれた。
母さんの言うことは分かる。
でも、私は母さんがこうなってまで学ぶべきものなどないと思ったから、さっさと辞めてきた。
すると、母さんが奉公していたお屋敷から声を掛けてもらえた。
母さんの代わりに住み込みで働けば、母さんの病気の面倒を見てくれると言うのだ。
長く勤めてくれた母さんへの、お屋敷からの温情だった。

「じゃあ、私そろそろ行くね。また様子を見に来るから、少しでも元気になってね?」

私は最後まで笑顔でいた。
すっかり弱ってしまった母さんを見て、不安なんて見せられない。

「ごめんね、キヨ・・・」

母さんは、私の手を握って、涙を流した。


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コンコン

お屋敷の門を叩いた。
少しして、少し年配の女性が出てくる。

「川辺キクエの娘、キヨです。今日からお世話になります。」

私は、深々と頭を下げた。
女性は、私の容姿に少し驚いた様子だったけれど、すぐに口を開く。

「使用人の教育係を任されております北野と申します。今日はここから入ってもらいますが、明日から出入りはお勝手からするように。」

背筋がしゃきっとするような声。
顔を上げると、その声にふさわしい凛としたお女中さんがそこにはいた。

「貴女達住み込みの使用人のお部屋は離れになります。まずはそちらで着替えを済ませるように。」
「はい。」

綺麗に手入れされた素敵な庭を通りながら、私はここでの生活について北野さんから説明を受ける。
説明を聞きながらも、私の目はつい周囲をきょろきょろと見わたしてしまっていた。
素敵な洋風建築のお屋敷、薔薇が素敵な庭、すべてが初めて見る世界だった。

「きょろきょろしない!」

ビシリと、北野さんの声が飛んできた。

「すみません!」

それから私たちは、使用人のための建物とは思えないような立派な離れに入った。
北野さんは、『部屋は貴女の1つ年上の女中との相部屋になります。部屋の中に必要なものは用意してありますから、着替えたら1階のスペースまで下りてきなさい。』と言って、部屋を後にした。

思ったよりも広い部屋。
そこに、ベッドが2つ並んでいた。
相部屋の相手は、どんな人だろうと思いながら、私は早速新しい洋服へ袖を通す。
このお屋敷は、すべてが洋式なようだった。
洋服というものをあまり着たことがないので少し着替えに戸惑い、靴に至っては履いたことがなかったので歩きにくくて仕方がなかった。
けれど、それも慣れるまでの辛抱だ。

「お待たせしました。」

1階のスペースへ降りていくと、北野さんは誰も見てはいないというのにやっぱりしゃんと背筋を伸ばして立っていた。
私も、早くそんな風な立ち居振る舞いが出来るようになるといいなと思いながら、慣れない洋服と靴に居心地の悪さを感じる。

「リボンが曲がっています。次からは気を付けるように。」
「はい!」

出だしは、すんなりとはいかないようだった。


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「みなさん、こちらが今日から住み込みで働く川辺キヨさんです。ご存じの人も多いかとは思いますが、倒れてしまったキクエさんの娘さんです。黒沼さん、貴女と同室になりますからいろいろと面倒を見てあげなさい。」

北野さんに言われて一歩前に出たのは、綺麗な黒髪に少しそばかすのある、活発な印象の女性だった。
私より1つ年上っていう話だったけれど、その印象は少し幼く見える。

「私、黒沼悦子。宜しくね!」

にっこりと微笑まれて、私も微笑む。

「はい、こちらこそよろしくお願いします。」

でも私は気づいていた。
お女中さんの何人かは、私を見てひそひそ何かを話していた。
きっと、あまりよくないことだと思う。
けれど、そんなものは気にしないと心に決めて私はここに来たのだ。

「至らぬところが多いかとは思いますが、よろしくご指導下さい。」

私は、そんな人たちにも笑顔でそう返した。

それからの一日は、目まぐるしいものだった。
掃除だけでもお屋敷が広いものだから大仕事!
洗濯も、お屋敷のご主人一家のものだけではなく、住み込みの使用人みんなの分があるから凄い量になっていた。

「はぁ、目が回りそう・・・」

思わず口からこぼれた言葉に、悦子さんは笑った。

「慣れるまでが大変なのよね。靴は足に合っている?最初は靴擦れが出来るから、何か布を当てておくといいわよ。」

その情報は早く欲しかった。
慣れない靴の中で、私の足はすでに悲鳴を上げていた。


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そんな調子で数日を過ごし、使用人はもとよりご主人や奥様とも言葉を交わせるようになってきた頃、お屋敷が慌ただしくなる出来事があった。

「ねぇねぇキヨちゃん聞いた?このお屋敷の息子さんが戻ってくるそうよ!」

その日もくたくたになってベッドに身を投げ出すと、悦子さんが楽しそうに話しかけてきた。

「息子さん?どこかに行かれてたんですか?」

ベッドから体を起こして尋ねると、

「もう〜!私には敬語いらないって言ってるのに〜!」

そう言いながら、

「そうそう、少し離れた名門校に通ってらしたのだけど、この春卒業してこちらに戻ってくるんですって!旦那様の跡を継ぐために軍に入隊されるそうよ。」

そんな風に教えてくれた。
旦那様は日本陸軍の偉い方だ。
その跡を継ぐということは大変なことなのだろうと思うが、たかが一女中の私にはなんだか遠い話に思えた。

「旦那様もかっこいいし、奥様も美人だから、きっと息子さんもお美しいんでしょうねぇ。」

悦子さんは、なんだか楽しそうだったけれど、私には見たこともない息子さんの話より、今日の疲れを癒す眠気の方が勝ってしまう。
私は、着替えだけを済ますとそのまま寝入ってしまった。


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