『流れる紅』

□流れる紅〜混迷〜
1ページ/2ページ



「…嘘だろ?おい、嘘って言えよ!」
 

驚愕と失望が入り混じった叫びを上げて、ゴールドはシルバーに詰め寄った。自分を揺さぶるゴールドの瞳が、酷く虚ろな光を宿していることにシルバーは瞼を伏せる。
 
出来るなら、己とて嘘だと言いたい。誰が好き好んでこのような嘘を吐くと思うのか。だが、本当の兄のようにレッドを慕っていたゴールドを知っているだけに、シルバーはただ静かに真実を告げるしかできない。


「…嘘じゃない。現実を受け止めろ、ゴールド。」

「…っ…。」
 

肩に感じるゴールドの重み。実際の重さ以上に、それが重く感じるのは心に巣くう疑念の所為だろうか。
いなくなったレッドに対する疑念。その尽きることなく、湧き上がる感情は、シルバーだけでなく、ここにいる全員の心に暗い影を落としていた。


「…どうして…。」


ゴールドがシルバーに詰め寄っている後ろで、クリスはソファに背中を預けながら呆然と呟いた。ゴールドほど深い交流はなかったにせよ、彼女はレッドを慕っていた。慕っていたからこそ、彼の人柄も知っている。知っているからこそ、不思議でならないのだ。
レッドが行方を眩ませたことが。皆に心配をかけると分かっていて、このような行動に出た、彼の行動が不思議でならなかった。


「ブルー。」
 

グリーンが低い声で、クリスと同じようにソファに背中を預けているブルーに問いかける。グリーンの脳裏に浮かぶのは、能天気だと感じていた彼の笑顔。
その笑顔の裏で、レッドは何を思い、何を隠していたのだろうか。疑問は尽きることなく、グリーンの心に湧きあがる。


「あいつは…どうしたんだろうな…。」


湧き上がる疑問は尽きず、グリーンは心に浮かんだ疑問を声に出した。グリーンらしからぬ、その呟きにも似た問い掛け。

問われたブルーは、その問いには答えず、ただ虚空を見つめていた。何を言えばいいというのだろう。この、胸に渦巻く感情をどう表わしたらいいのだ。いつだって、傍に感じられたレッドが、自分からいなくなったというのに。

グリーンも答えがないのは分かっている。だから、何も言わない。言えないのだ。
二人はただ、脳裏にレッドの明るい笑顔を思い浮かべながら時間が流れていくのを待っていた。


「…皆、集まっとるかの。」


研究所の奥から、オーキド博士がゆっくりとした足取りで近づいてきた。その顔は険しく、普段の温和な表情はその険しさに隠されて、見ることができない。博士の手には、ブルーたちがレッドの家から持ってきた本が握られていた。


「あ、博士…。その本、読めた…?」


博士の手にある本に視線を向け、ブルーは戸惑いがちに質問した。レッドの家にあった、彼が持つには酷く不自然な古書。ブルーの質問を受けて、博士は眉間に皺を寄せた。


「全ては読めんかったが、大体は…。確認してもいいかの?これは本当にレッドの家にあったんじゃな?」


古びた本は博士の手にあって、異様なまでの存在感を放っている。確認させるように、ブルーの前に出された古書。ブルーが答えるより早く、彼の質問に答えたのはシルバーだった。


「ああ。その本の他にも、似たようなものが沢山あった。」

「…そうか。」


シルバーの言葉を受けて、博士は静かに瞼を伏せた。唸るような、博士の言葉。その声色が指し示すものが、決して良いものではないことが伺える。


「あの…、それには何が書いてあったんですか…?」
 

様子がおかしい博士の様子に、イエローは静かな声で尋ねた。彼女の声はゴールドと比べ、落ち着いていた。彼女もレッド失踪という事実に心を揺らされていたものの、事前に連絡があった分、彼よりも落ち着いていることができた。
 
イエローの言葉を受けて、博士は深く息を吐き出す。言いにくそうに己の手にある古書を見つめる。しかし覚悟を決めたのか、顔を上げ、この場にいる全員に聞こえるように言葉を紡いだ。


「これは…、研究書じゃよ。昔も、今も禁忌とされている…人体実験の。」

「…なっ…!」
 

博士の言葉に、誰かが声を上げた。誰の声かは分からない。声の判別などできないくらい、皆が驚愕したのだ。場を支配した空気に、博士は無理もないと再び息を吐く。己だとて信じられないのだ。
だが、信じられないと思いながらも、博士はさらなる事実を口に乗せる。


「それも…生半可な研究ではない。…おそらく、現代の技術ならば実行できる。」
 

おそらく細胞研究が行われ始めた頃のものであろう。現代であれば、常識の範囲内である事柄が憶測とともに記されていた。そして、憶測とともに綴られた可能性。細胞活性の原理を応用した、人体強化への適応。
それは人類を新たなる道へと導くものであると同時に、その代価の危険性も大きなものであった。

その博士の言葉にグリーンたちは、驚きで声が出ない。何故、そんなものがレッドの家にあるのだ。博士の言った内容が本当であれば、それは一般人が持っている、持てるはずのないものだ。仮にレッドに古書収集の趣味があったのだとしても。

そして、何故レッドは突然姿を眩ませたのだ。何の連絡もなく、ただ忽然と姿を消した。何かに巻き込まれたのであれば、彼の家があのような状態になるはずがない。現に四天王事件の時には、彼の家は失踪前と変わらぬままだった。
尽きることのない疑問。その疑問は雪崩となってグリーンたちへ襲いかかる。


「レッドが何故これを持っていたのか…。調べなくてはならないじゃろうな…。これは、余りにも危険なものじゃ。」
 

半ば呆然とするグリーンたちを見、博士は小さな声で言った。この本を持っていたレッドに対する疑念は博士も感じているのだ。
内容を深く見たから分かる。この古書の危険性を。内容も、持っていること自体も、これはあまりにも危険なものだと博士は告げた。


「じいさん…、レッド先輩は…。」


全員が沈黙する中、ゴールドが戸惑いがちに口を開く。その声は普段の彼からは考えられない程に小さく、弱々しいものであった。
ゴールドの言葉を受けて、博士は考え込むように顎に手を当ててゆっくりと声を出す。


「…分からん。だが、何か理由があるはずじゃ。レッドが何の意味もなく、こんなことをするはずがないからの。」


ゴールドの言葉に答えた博士の表情は笑っていた。幼子を安心させるような微笑み。その裏にあるのは、レッドに対する深い信頼であった。

博士の言葉にゴールドは小さく目を見開いた。安心しなさいと、博士の表情が言っている。
このような中にあって、レッドへの信頼を忘れない博士に、ゴールドだけでなくその場にいた全員が知らぬうちに安堵していた。
 
しかし、博士の言葉に安堵すると同時に気づいてしまう。博士の瞳に宿る、心配の色に。疑念だけではなく、レッドを心配する心の色は、まるで親のそれであった。


「(レッド…。)」


黙って事の成り行きを見守っていたグリーンの頭を過ぎるのは、強く脆い光を湛えた深紅の瞳。己の好敵手は、人を心配させることが本当に得意だ。かつて、氷の後遺症を負った時もそうだった。誰かに気づかれない限り、どこまでも傷を隠そうとする。気づいた後でさえ、必至に自分を隠そうとするレッド。


「(…っふざけるなよ、レッド…!)」


そんなレッドを思い浮かべ、グリーンの新緑の瞳に浮かんだのは怒り。仲間を頼ろうとしない、レッドに対する怒りだった。ぎり…、と拳を握る。拳の中には、怒りだけではなく、レッドの様子に気付けなかった、信頼されなかったという悔しさも含まれていた。

グリーンの様子に気づき、ブルーは彼の感情を正確に読み取った。読み取ったというよりも、感じたといった方が正しいだろう。きっと、彼の胸に渦巻く感情は、自分の中にある感情と同じだから。


「…手、痛めるわよ。」


ブルーはグリーンの傍らに近付き、囁くように言った。グリーン以外には聞こえないように、さりげなく。その彼女の声にも、僅かな怒りと悔しさが滲み出ていた。

ブルーはグリーンの横を通り過ぎると、博士の目の前に立って彼を見据える。凛とした、いっそ神々しいまでの輝きを纏った青い瞳が博士を映す。


「博士、お願いがあるの。」


強い声でブルーは博士に言う。先程の弱い声とは違う、決意を秘めた声。


「レッドを捜させて。」


この言葉が分かっていたかのように、博士は彼女を見つめる。拒否も了承もなく、彼女の強い輝きを放つ瞳を見つめた。
何も言わない博士よりも先に、言葉を発したのはシルバーである。義姉の言葉にはほとんどの場合了承をする彼も、この一言には物申したいのだろう。その声には心配が色濃く表れていた。


「待って、姉さん。…危険だ。俺たちは今…。」

「殺人事件を捜査してる、でしょ?分かってるわよ。…でも、捜したいの。」
 

シルバーを見つめる瞳は澄んでいた。清浄な青はどこまでも綺麗で、そして強かった。
シルバーは思わず言葉に詰まる。言葉に詰まるシルバーの後ろで、ブルーの言葉に賛同するようにグリーンが言葉を紡いだ。


「おじいちゃん、俺にも捜させてくれ。」


瞳に灯る怒りの炎を隠そうともせず、グリーンは己の祖父を見つめた。芽吹く命を宿す新緑は、真っ直ぐに博士を捉えていた。
 
最年長であり、博士にとって最も長い教え子にあたる彼らの言葉に、博士は内心唸った。
シルバーの言う通り、殺人事件を捜査しているのにも関わらず、他のことに目を向けるのは危険だ。そもそも、そう判断したからこそ、ゴールドとクリスに今日までレッドの事実を伝えなかったのだから。

だが、と博士は思う。ちらりとゴールドとクリスに目をやると、彼らも何かを決意したように自分を見ていた。ただ一人、義姉の身を案じるシルバーを除いて、全員がレッドを捜すことを決意したようだった。ここで、自分がダメだと言っても、この子たちはレッドを捜すのだろう。
 
教え子たちの瞳を見て、博士は諦めにも似た息を吐いた。それは決して悲観したものではなく、彼らに向ける慈愛の情であった。


「…分かった。ただし、これだけは約束してもらう。……決して、警戒を怠るんじゃないぞ?」


殺人事件の捜査も請け負っている自覚を忘れるのではない、了承と警戒を促す言葉を放つ。その言葉に安堵したかのように、グリーンたちは小さく息をついた。


「ありがとう、博士。」


博士の了承の言葉に、ブルーは柔らかな声で言う。それに続くようにグリーンも、己の祖父に頭を下げた。ゴールドとクリスの二人もグリーンに倣った。ただ一人、シルバーだけは渋い顔をしていたが、やがて諦めたのか小さくため息を吐いた。その様子に博士とブルーは苦笑し、また温かい目でシルバーを見ていた。



次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ