『流れる紅』

□氷老の町
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静かな時が流れる町チョウジタウンに二人の姿はあった。
一人は丈が短めのジャケットを羽織った長身の青年。鳶色の髪と新緑の瞳を持つグリーンだ。そしてもう一人。少年のような服装をしたポニーテールの少女、イエロー。二人はゆっくりと町を歩いていた。

ここは、かつて二年前の事件の首謀者ヤナギ老人がジムリーダーを務めていた町。その為、この町は二年前よりも閑散としていた。
元々静かな町だけに、その光景は薄ら寒いものがある。


「静かですね…。」


イエローが呟いた。その口調は暗く、行き交う人々がいない町を哀れんでいるようだった。町だけではなく、そこに住む人々にも向けられた、憐みの感情。
イエローの言葉に混じった感情に気付いたのか、傍らのグリーンはやや厳しい口調で言う。


「確かにな。だが、妙な勘繰りは止めておけ。この町の奴らは…、この町の奴らが自分で乗り切るべきことだ。」

「…そう、ですね。」


哀れんでも、チョウジタウンの人々が自力で立ち直らねば何の解決にもなりはしない。

今は亡きヤナギ老人は、人望の厚いジムリーダーであり、町の良き長だった。しかし、彼は罪を犯した。それは、ヤナギ老人の優しさ故の罪だった。
事件に深く関わり、事件の真相を知っている者は、誰一人としてヤナギ老人を攻め立てることはしなかった。

だが、何も知らない一般人は違う。彼らは、ヤナギ老人が事件を起こした犯人、という認識しか持っていない。チョウジタウンに対する周囲の町々からの視線は優しいものではなかっただろう。
事件直後に比べれば、幾分落ち着いたが、まだ冷たい視線を向ける人は少なくない。

人の感情とはそういうものだ。まして、ヤナギ老人を庇護するように、チョウジタウンの人々を協会が守れば、何かしらの反発があるに違いない。
チョウジタウンの人々が自ら立ち上がっていかなければ、この問題は解決しない。


「それよりも…情報を集める方が先だ。」


グリーンが町を見渡しながら言う。
彼の眼前にあるのは、誰もいない、かつては人で賑わっていただろうチョウジジム。
手入れがされていない扉の周りには雑草が生え、かつての賑わっていた名残はない。


「(昔のトキワジムみたいだ…。)」


ぼんやりとイエローは思った。チョウジとトキワ、この二つの町の共通点。

それは町を守るはずのジムリーダーが、逆に町や地方の平和を脅かした張本人だということ。

現在、トキワでは隣にいるグリーンがリーダーを務め、トキワの人々もR団首領サカキがジムリーダーだったことを気にしていない。これはグリーンの影響が大きい。

最初はレッドの代理として始めたジムリーダーだったが、今ではトキワジムリーダーであることを、グリーン本人が誇りに思っているようだった。


「(早く、この町にもグリーンさんみたいな人が来れば良いのに…。)」


ふと頭を過ぎるのは、漆黒と紅。優しく、強い彼ならばこの町の人達を立ち直らせることができるだろうか。


「あっれー?何で君らがここにいるのさ?」


陽気な、けれど強い声が二人にかかった。
グリーンが振り返ると、そこには背の低い黒髪の青年がいた。幾分幼さが残った顔にグリーンは見覚えがあった。


「…お前は、イツキ…!?」


かつて、敵として戦った男がそこにいた。グリーンは驚愕する。
目でわかるほど動揺する珍しい彼の様子にイエローも訪問者に目を向けた。そして彼女もまた、イツキの出現に目を見開いた。


「何の用?ここに君らが欲しいものなんてないんじゃないの?」


口調は軽いが、イツキは明らかな敵意を二人に向ける。イエローはビクリと身体を震わせる。イツキの瞳を、真正面から受けてしまったのだ。
グリーンは彼女をその視線から庇うように自分の後ろへ押しやり、イツキに言い放つ。


「お前こそ、ここに何の用がある?もうヤナギ老人はいないだろう。」

「……確かにね。…でも、自分の家を守ろうとすることはいけないことなの?」


「家…?」


グリーンに言ってから、イツキは苦笑した。
自分は何を言おうとしているのか。目の前の奴らは、自分の師を陥れた者たちだというのに。
だが、気付いた時には口は既に言葉を紡いでいた。


「家なんだよ、このジムは。僕にとって…、僕らにとって。」


ブルーとシルバーは違うだろうけどね、とイツキは付け足した。その顔はどこか淋しそうだった。あの二人は、師を憎みこそすれ、好いてはいなかったのを分かっていたから。

イツキの様子にグリーンは困惑した。イツキからそのような言葉が出るとは思わなかったのだ。
師を慕い、共に育った者を思う気持ちは自分にもある感情だから。
いや、事件の時は《敵》だという先入観に捕われすぎて、イツキ本人の内面を見ようともしなかった。

ただ自分の家を、思い出を守ろうとする不器用な、純粋に師を慕う子供。それがイツキの本質なのかもしれない。


「…で?結局のところ、何しに来たのさ?」


本題本題、とややおどけた口調で言う。
その行動は、早く別な話題に移ろうとしたからに違いないと、グリーンは思った。
イツキの話題転換については触れず、グリーンは本来の目的を言った。


「…近頃、権力者たちばかりを狙った殺人事件が多発しているだろう?」

「あぁ…。そういえば、協会の人も殺されたんだっけ?」

「そうだ。俺達は依頼を受けて、その一連の事件について調べている。…ここに来たのは単なる情報収集の為だ。」


言外にジムを荒らしに来た訳ではないと告げる。口調は淡々としていたが、イツキに対する敵意は全く感じられなかった。

イツキはその意味と、グリーンの言葉の色を受け取ったのか、静かに放っていた敵意を薄めた。
完全に、というわけではなかったが最初に放っていた剥き出しの敵意は、イツキからなくなっていた。





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