その他

□愛しき人よ、安らかに(銀魂)
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ミツバの死に顔は、とても安らかだった。
幸せだったと、総悟は自慢の弟だと、そう言って旅立っていった。

真っ白なシーツに、ミツバの亜麻色の髪の毛が映える。
病室のライトが、元より白いミツバの肌を、より一層白く照らしていた。


「総悟…。」


近藤は遠慮がちに目の前に膝をついている弟分に声をかけた。
その声は酷く擦れており、頬には涙の痕が薄らと残っている。

近藤にとって、ミツバという女性は大切な友人だったのだ。


「…近藤さん……。しばらく、一人にして…くだせぇ……。」


冷たくなってしまったミツバの手を両手で包みながら、総悟は背を向けたまま近藤へと言った。
普段の総悟からは、想像できぬ程に小さく弱々しい声。

近藤は静かに瞼を伏せ、何も言わず病室を後にした。
病室を出ていく際、小さく総悟とミツバの名を呟いたが、それは音にならず空気の中へと消えた。

誰もいなくなってしまった病室で、総悟はベッドに顔を埋める。
冷たいミツバの手を、強く握り締めながら彼女の体温が僅かに残るシーツに涙を落した。


「姉上…。姉上、あね…うえ…。あね、う…ぇ…!」


何度も何度も、嗚咽交じりに姉を呼ぶ。
優しく、困ったように自分の頭を撫でてくれた手はもうない。

その事実が悲しくて、姉がもういないことが嫌でも分かって…涙が止まらなかった。
ミツバによく似た容貌は、悲しみという華に彩られる。

横たわるミツバの柔らかな微笑みとは対照的な泣き顔。


「もう泣くな、総悟。」


松葉杖をつきながら、病室に入ってきたのは土方だった。
その声に反応して、総悟はゆっくりとベッドから顔を上げる。


「ひじ…か、た…さん…。」


土方の方へと顔を向けた総悟は、呟きにすらならないような声で静かに言った。
その瞳からは、透明な雫が止めどなく流れている。

真っ直ぐな涙。

土方は、総悟の様子に目を細めた。


「いい加減に泣くな。…お前がそんなんじゃ、安心して逝けねぇだろうよ。」


安心させて逝かせてやろうぜ、と土方は言った。
そして、涙を流し続ける総悟の隣に膝をつく。

ミツバによく似た総悟の顔がすぐ近くにあって、その顔が悲愴に満ちた表情をしていることに土方は酷く心が痛んだ。

土方にとって、ミツバは大切な女性だった。
それは、近藤のような友愛でも、総悟のような家族愛でもない。

純粋な愛だった。

愛していたからこそ、幸せになって欲しかった。

ミツバだけではない。
総悟にも、幸せになって欲しいと土方は思っている。

純粋過ぎるこの子供が、幸せになって欲しいといつも願っていた。

だからこそ、今の悲しみに彩られた顔は見たくない。
平和な世であれば、己の弟になっていただろう子供。

この子供には、明るい笑顔が良く似合う。
ミツバに笑顔が似合っていたように。


「もう泣くな。」


土方が総悟の頭を軽く叩いた。
その仕草は、常にないほどに優しく、慈愛に充ち溢れたものであった。


「……あんたに、言われるとはねぃ…。」


土方の行動に一瞬驚いたように目を見張った総悟だったが、すぐに俯いてしまった。
直後に吐いた悪態も、どこか力がない。


「…姉上に、心配かけちまった…。」


「そう思うんなら、笑え。姉貴が喜ぶようにな。」


「あんたこそ、眼…赤くなってますぜぃ…?」


俯いていた総悟がゆっくりと顔を上げる。
総悟の顔には、未だ涙の痕が色濃く残っていたが、先ほどのような悲愴の色はない。

総悟の指摘に、土方は苦笑しながら呟いた。


「しゃーねーだろ…。煎餅が辛過ぎたんだからよ。」


「…そうですかぃ。」


土方の言葉に、総悟はそれ以上何も言わなかった。
その言葉が嘘だと分かっていても、本当のことを知っていたから。

土方が、ミツバの為に泣いてくれたことを知っていたから、総悟は何も言わなかった。


「…ゆっくり眠れ、ミツバ。」


ミツバの白い頬に、土方の大きな手が添えられる。
総悟は行動を黙って見ていた。


「俺たちは、もう大丈夫だ。…お前は、安心して休んでくれ。」


優しい声。
ぶっきらぼうで、不器用な土方の優しい声。

総悟は、その声に不覚にも泣きそうになった。
けれど、姉を安心させる為に堪えた。

何より、土方の声で泣きそうになるなど、自分の矜持が許さなかったのだ。


「姉上、俺も大丈夫です。安心して、休んで…くだ、さい…!」


泣き笑いに近い笑顔で、総悟は言った。
しかし、その声は穏やかで優しいものだった。

愛しい人が安らかに眠れるように、二人は笑顔で別れの言葉を紡ぐ。

溢れる悲しみを、それを覆い尽くす愛情と優しさで彩る。
愛しき人に見せる顔が、笑顔であるようにと願いながら。


愛しき人よ、安らかに眠れ。





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