ポケスペ

□月の華
5ページ/5ページ





グリーンがレッドを探し始めてから二時間ほどが経過した。既に空は夕暮れに染まっており、直に夜になってしまう。早く見つけなけばという思いがグリーンを突き動かした。

岩が落下した周辺を捜索していると、他よりも岩の数が多い場所がグリーンの前に現れた。そこには岩によって無残にも折られてしまった木々も倒れており、まるで台風の後のような光景だった。

グリーンは足元に気をつけながら、その場所を進んでいく。すると少し外れた場所に赤い炎が見えた。


「リザードン!」


グリーンが見つけたのは、レッドに貸したリザードンだった。リザードンはグリーンの姿を認めるとほっとしたような表情をする。
リザードンもまた、多くの傷を負っていた。
大きな体躯には大小様々な傷があり、未だ血を流しているものすらある。

グリーンはリザードンに近づくと、その安否を確かめるように彼の頬に手を当てた。


「リザードン、無事だったか…。…レッドはどうした?」


リザードンが外に出ているということは、レッドが出したか、またはレッドの仲間と同じようにボールが壊れたことで逆に外に出たかのどちらかだった。
グリーンの問いかけに、リザードンは丸めていた体躯を起こし、尻尾の炎を翳していた場所をグリーンに見せる。

そこから現れた光景に、グリーンは言葉を失った。


「…っレッド…?レッド!!!」


リザードンが守っていた場所にいたのは、グリーンが探し求めていた存在、レッドだった。彼は全身を血で染めていた。
グリーンが貸していたマントはズタズタに裂かれ、身につけている衣服の至るところから血が滲んでいる。

その顔は蒼白で、瞼は固く閉ざされていた。


「おいっ!しっかりしろっ…!!レッド!!!」


グリーンがレッドの肩を掴み、必死で呼びかける。しかし、レッドは僅かな反応すら示さない。握った手の氷のような冷たさに、グリーンは背筋が寒くなった。

カツン、とレッドの懐から何かが落ちる。動揺していたグリーンがそれに目を向けると、それは光り輝く花が入った透明な筒だった。

これが、レッドが求めていた月の華かと納得するものの、こんな状態で見せられて喜べるはずもない。


「おいレッド、起きろ…!この花を母親に見せるんじゃなかったのか!!」


グリーンの言葉にレッドの瞼が僅かに動く。レッドの反応があったことが伝わったグリーンは声を上げ続けた。


「起きろレッド!!一緒に見せに行くんだと約束しただろう!!?」

「…うっ……。」


ふ、とレッドの瞼がゆっくりと開いていく。揺れる瞳は現状を把握していないようで、どこかぼんやりとしているが、レッドが意識を取り戻したという事実がグリーンの心に安堵をもたらす。


「ぐ、り…ん…?」


掠れた声で自分の名を呼ぶレッドに、思わずグリーンは彼を抱きしめてしまった。しかし、レッドは痛覚を感じていないようで、ただ為されるがままになっている。


「っの…馬鹿野郎…!」

「…ご、めん…。ありが、と…。」


傷だらけの腕をグリーンの背に回し、レッドは小さく呟くように言った。レッドの腕が自身の背に回ったことに気づいたグリーンは、ゆっくりとレッドから離れ、できるだけ傷が痛まないよう慎重に抱き上げる。


「しばらく我慢してくれ…!」


グリーンはリザードンを新しいボールへと戻すと、ガスが届かないところまで戻り、急いでマサラまで帰った。


マサラについてからグリーンはすぐにナナミへと連絡を取り、彼女に手当を依頼した。レッドを見たナナミの取り乱しようは未だかつてない程で、いかにレッドの怪我が酷いものであったかが分かる。

今は落ち着いてレッドは白いベッドの上で休んでいる。その体には赤く滲んだ包帯が至るところに巻かれていた。
もう少しで危険な状態だった、とナナミから言われた時には、本当に心臓が止まるかと思った。

この男は心配だけで人を殺す気かと本気で思ってしまう。


「…っ…グリーン…?」
「気づいたか…?」


白いシーツの中で目を覚ましたレッドは、泣きそうな顔で自分を見つめているグリーンを見て、自分が今どのような状態であるかを理解する。
目だけを動かして辺りを見てみれば、そこは何度か見たことがある研究所の医務室だと知ることができた。


「お前、人を心配させるのもいい加減にしろ。」


レッドの手に手を重ね、グリーンは少々震える声で言った。その声にレッドは申し訳ない気持ちになるが、今回は不可抗力だと思いたい。しかし、それを言ったが最期、グリーンだけではなく仲間からも叱責を受ける気がしたので口を噤んだ。
しかし、レッドは大切なことを思い出して、目の前にいるグリーンに遠慮がちに問いかける。


「なぁ、俺が持ってた…月の華は?」


レッドの問いかけにグリーンは目を丸くするも、すぐに呆れたように溜息を吐く。


「お前は自分よりもこっちの心配か?」


そうは言いつつも、グリーンはレッドの前に月の華が入った筒を見せてくれた。未だ輝きを失っていないことにレッドはほっとしたが、手を伸ばそうとしてグリーンに取り上げられてしまう。


「あ、」
「あ、じゃない。怪我が落ち着くまで、お前はここを動くな。」
「えー…。」
「うるさい、口答えするな。これは俺が持っていく。ついでにお前の報告もしてきてやる。」


不満げな顔をするレッドにグリーンは畳みかけるように言った。レッドは不服そうに表情を歪めたが、現状では自分が持っていくことが不可能だと理解しているから悪態を吐くに留めた。

レッドの様子を見てグリーンは呆れたように米神を押さえる。


「お前な、俺が見つけた時どんな気持ちだったか分かるか?」
「うっ…。」


グリーンの言葉にレッドはバツが悪そうにシーツに顔を埋める。その際、傷が痛んだがグリーンの視線を直接受けるよりはマシである。


「本当に、毎回毎回…心臓が持たん。」


ふわり、とグリーンはレッドの頭を撫でる。
レッドは予想外なグリーンの行動に恐る恐る顔を上げた。そこには安堵の表情を浮かべるグリーンの姿。
レッドがグリーンをじっと見つめていると、グリーンはレッドの頬に手を添えた。


「…無事でよかった。」


心底安堵した、という声で言われてしまえばレッドはただ見つめているしかできない。レッドの体温を確かめるように触れている手は、少しだけ震えている。


「ごめん…。」
「悪いと思ってるなら、今度から自重しろ。もしくは俺を連れて行け。」


ペシ、とレッドの額を軽く叩く。レッドはその言葉に一瞬目を丸くするも、すぐに曖昧な笑みを浮かべた。

きっと、一緒にいたとしても心配の種は尽きないんだろうが、目に見えているだけで安心できるものもあるんだ。




とりあえず、この花を持っていったら生涯傍にいるとでも報告しておこうか。


危なっかしいこいつの為に。








前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ