ポケスペ

□月の華
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来る者を拒み続ける強者しか足を踏み入れることを許さないシロガネ山に、レッドは一人で足を踏み入れた。レッドは慣れた足取りで山道を進んでいく。彼にとって、シロガネ山の中腹までは幾度も足を踏み入れ、その勝手を知っている通い慣れた山だった。

しかし、レッドの表情は固い。なぜなら、今日は山の中腹地点が目的ではないのだ。彼の目指す先は、このシロガネ山の頂。未だかつて誰も踏み入れたことのない領域にレッドは行こうとしているのだ。


「…ここからは、結構キツイかもなぁ。」


以前氷の負傷を癒す際に立ち寄った温泉に山登りで疲労した足を入れ、ひと時の休息を取る。その傍らには同じように疲れを癒している彼の仲間がいた。
その様子を微笑みながら見ていたレッドは、彼らから一度視線を外し、まだ見ぬ山の頂に目を向ける。雲に隠れて見えない山頂。そこにはレッドの求めているものがあるのだ。


「――…。」

「大丈夫、きっと行けるさ。」


心配そうに自分を見上げてきたニョロにレッドはその大きな背中を叩き、笑顔を向ける。その表情に安堵したのか、ニョロはレッドの背中に抱きついた。
レッドが幼い頃から一緒に過ごしているニョロは、レッドが今何を思っているのかを理解しているのだろう。まるで兄のようにレッドの一番傍にいた彼に、レッドは寄りかかるように身を預ける。


「…大丈夫。」


見上げた空には十三夜月。あと少しで月が満ちるだろう。おそらく、あと二日ほどで満月になる。月が満ちる前に、あの雲を突き抜ける頂に行かなくては。

レッドはニョロに預けていた背中を起こし、温泉に浸けていた足を引き上げる。ひんやりとした空気が濡れた足に吹き付け、冷感がレッドを襲う。傍に置いていたタオルで足を拭いて、休んでいた仲間たちに声をかけた。
皆、レッドの言葉に休んでいた身を起こしてボールの中へと入っていく。その中で、レッドは一匹だけ温泉から離れていたリザードンに近づく。

この温泉ではガスの影響で炎ポケモンを傍に置けないのだ。だからリザードンは一匹だけ、彼らと少し離れた場所で体を休めていた。


「リザードン、そろそろ行くぞ。」
「――っ!」


リザードンはレッドの一言に短く鳴いた後、ゆっくりと体を起こす。レッドの何倍もある体躯を持つ彼は本来、親友であるグリーンのポケモンだった。しかし、レッドがシロガネ山に行くのだと伝えたら、かつてシロガネ山を共に登ったリザードンを連れていけと半ば押しつける形でリザードンを貸してくれたのだ。

レッドのプテは体調が芳しくなかったために、その申し出は有難かった。


「ごめんな、俺の所為でグリーンと何度も離れさせて…。」


そっとリザードンの頬に手を添える。本当に彼には何度も助けられていた。しかし、それゆえ本来の主人であるグリーンと離れ離れになっているのも事実。レッドは彼とグリーンに対して申し訳ない気持ちになるのを抑えられなかった。

リザードンはレッドの表情を見て、なにも気にすることはないのだと彼に笑みを向ける。その笑みが、不器用ながらも優しさを持っているグリーンに似ていて、レッドはその温かさに嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとな。」


もうひと撫でして、レッドはリザードンをボースに戻す。ここから先は飛行ポケモンの彼にとっては辛い場所になる。特殊なガスが充満するが故に鍛えられた屈強な彼でさえ飛行不可能となるシロガネ山の不可侵領域。
そこに足を踏み入れるのだ。

レッドは表情を引き締めると、仲間たちと共に鬱蒼と生い茂る草を掻き分けて暗い山道を進んでいった。







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