ポケスペ

□流浪者
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その男は酷い旅人だった。故郷も友も置き去りにして、僅かな仲間だけを連れて旅立ってしまったのだ。残された者たちの悲しみを、寂しさを知っているのに、彼はいつも何も言わずに旅立ってしまう。

彼は酷い旅人だった。


「こんにちは。」


柔らかな仮面を被って、ルビーは彼の人と対峙した。自分の持つ紅い瞳と良く似ている、炎のような赤目を見つめ、事務的な口調でレッドに問いかけた。


「どうしてここにいるんですか?」


レッドはルビーの質問に微笑みを浮かべる。優しい、温かな表情。彼を慕う者たちが揃って好きだという笑顔だ。
しかし、ルビーは違うと感じた。この表情は優しくもなければ、温かいものでもない。

これは、すべてを拒絶している笑顔だ。


「ここが好きだから、じゃダメかな。」
「…好きなんですか?ここが、この町が。」
「好きだよ。」

「本当に?」


ルビーが問い返すと、レッドは笑みを深くする。レッドの赤い瞳を正面に捉えたルビーは思わず一歩後ずさった。

レッドの瞳は不自然なほど澄んでいた。汚れなど知らぬ、真っ白な瞳がルビーを見つめる。
何ものにも染まらぬ、マサラの瞳。

この地に生まれ、この地で育ったものだけが持つ、汚れなき瞳だった。


「好きだよ。俺はマサラが、この故郷が好きだ。」

「…なら、どうして消えたんですか。」


そうだ、この男は消えたのだ。友に何も告げず、忽然と。旅に出たと言っても、いつ戻るかも分からない旅路。
修行の旅に終着点などない。それを皆は分かっていた。だからこそ、悲しんだ。

もうレッドに会えないのではないかという、その起こり得る可能性に。

レッドはルビーを見つめる。その微笑みは変わらない。雰囲気さえ温かかった。
しかし、優しげでありながら全てを拒絶しているかのような瞳に表情はなかった。


「…俺はここにいちゃダメなんだよ。」
「え?」


微笑みを浮かべたままで、レッドは小さな声で呟いた。その呟きを僅かに耳に捉えたルビーは思わず声を上げる。

訝しげなルビーに、レッドはまるで自分に言い聞かせるように言葉を紡いだ。


「ダメなんだ。俺は、ここにいちゃ…。俺が長くここにいると、マサラを壊してしまう。」
「壊すって…。」

「壊してしまうんだよ。俺は戦う者だ。戦いが、バトルが好きで…いつも戦いたいと思ってる。破壊衝動とは違うのかもしれないけど、たぶんそれに近いんだろうな。」


微笑みが苦笑いに変わった。それだけで、彼の人間らしさが現れる。拒絶の瞳が、曖昧な光を宿し、ルビーの紅い瞳を映した。


「それじゃあ…。」


貴方は、まさか。
ルビーが声に出さずに言った言葉にレッドは曖昧な笑みを零した。微笑みとも苦笑とも違う、どこか達観したような笑み。


「…辛く、ないんですか…?」
「俺がマサラを壊して、アイツらを傷つけてしまうよりずっといい。」


たとえ、アイツらの心に影を落とすことになろうとも。


「貴方は、酷い人ですね…。」


皆の気持ちを知りながら、故郷を、友を巻き込まないために消えるのか。それがどれだけ勝手な自己満足かも知っているのに。
それでも、貴方はいつ終わるとも知らぬ旅へ出ていくのか。


「…そうだな。」


レッドは儚い微笑みを浮かべたあと、澄んだ蒼が広がる大空へと姿を消した。






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