その他
□アルスノ兄妹
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まだ幼かったアルヴィスを一目見た時、ディアナは底知れぬ魔力の可能性を感じた。魔力の程度はまだ小さいが、それは将来何倍にも何十倍にも膨れ上がって、自分の為すものの邪魔になるのだと理解したのだ。
特別な魔力を持っているのはスノウにも言えたことであるが、彼女とは質が違う。それにスノウはディアナの計画を為すために必要な人材であった。
しかし、アルヴィスは違う。アルヴィスはディアナにとって邪魔になるものでしかなかった。
「アルヴィス。」
落ち着いた雰囲気が漂う城の通路で、ディアナは小さなスノウの手を引き歩いていたアルヴィスを呼び止めた。
声のした方へと振り返り、真っ直ぐにディアナを見つめるのは深い蒼色の瞳。ディアナが欲しくて欲しくて堪らない世界の海に似た色だ。
アルヴィスはディアナを見つめ、どこか疑いを持ったような気配を纏っている。アルヴィスに手を引かれていたスノウは彼女を見て満面の笑みを浮かべたのに対し、アルヴィスは固い表情を崩さなかった。
おおよそ子供らしからぬアルヴィスの様子にディアナは目を細める。
「何か?」
レスターヴァの皇子として受けた教育の賜物だろう。不機嫌さを隠し、平坦な声でディアナに問う姿は大国の後継者として立派なものであるが、それゆえに滑稽にも見えた。
兄の声に感情がないことに気づいたのか、スノウは不思議そうにアルヴィスを見上げる。アルヴィスと比べ、まだ幼いスノウは場の空気を感じることはできても理解することはできなかった。
スノウの視線に気づき、アルヴィスは幼い妹に向かって曖昧な笑みを向けるも、すぐにディアナに視線を移す。
まるでディアナを警戒するような目だった。
「二人はいつも一緒なのね。」
「うん!兄さまといるとあったかいの!」
アルヴィスに返事をする前に、ディアナは不思議そうにしているスノウに柔らかく問いかける。その問いかけに答えるスノウは満面の笑みを浮かべて、兄を一緒にいられることの嬉しさを伝えていた。
スノウの素直な言葉に固い表情だったアルヴィスも少し照れたように目元を和ませた。しかし、それはすぐにディアナの言葉の前に消えてしまう。
「そう、じゃあ…兄さまがいなくなったら凍えてしまうわね。」
「兄さま消えちゃうの?やだっ!」
満面の笑顔から一変し、途端に泣きそうな声を出すスノウにディアナは苦笑を零す。そしてその小さな頭に手を伸ばそうとした。
「っ!」
ぐっ、と今にも泣き出しそうなスノウの手をアルヴィスが強く自分の方へ引っ張る。スノウは突然のことに目を丸くしていたが、兄が自分を引き寄せたのだと分かると自然に嬉しさが増し、その顔には嬉しそうな笑顔が浮かんだ。
しかし、嬉しそうなスノウとは対称的にアルヴィスの表情は警戒を露わにし、眼前のディアナを睨みつけている。
アルヴィスの蒼い双眸を真正面から受けたディアナは口元に弧を描いた。
「あら、何をそんなに怯えているの?」
「うるさい!こっちに来るな!」
声を荒げるアルヴィスの様子をディアナはただ楽しそうに見ている。ただ事でない雰囲気を察したのか、スノウは大きな瞳に薄らを涙を浮かべ、兄の腕に縋りついた。
「に、兄さま…?おかあさま…?」
小さく声を零すスノウを庇うように、アルヴィスはディアナと対峙する。しかし、その力の差は彼女の底知れぬ瞳を見るだけで感じとってしまった。
微かに震える足を叱咤して、アルヴィスはディアナと向き合う。
「何が目的だ。」
「貴方が知る必要はないわ。そう…貴方は必要ないのよ。」
私にも、そしてこの国にも。
静かに微笑んだディアナは華美なドレスの装飾品を一つだけ取り外し、アルヴィスへ差し出すように手を伸ばした。一見ただの宝石にも見えるそれは、ディアナが手を握ると同時に眩い光を発して辺り一帯を光で包み込む。
そして城に収まりきらなかった光が世界へと溢れだした。
「貴方は必要ないわ。誰にも必要とされず朽ちていけばいい。」
「な、にを…!」
光の眩しさに目を細めていたアルヴィスがディアナに詰問しようとしたが、そこでふと自分の腕にあったはずの感触がなくなっていることに気づく。
光に痛む瞳を見開いて自分の横へと視線を移すと、そこには気を失って倒れているスノウがいた。
「スノウ!」
慌ててスノウを抱き起こすアルヴィスをディアナはただ見つめていた。その美しい顔には愉快で仕方ないといった表情が浮かんでいる。
そんなディアナの様子には目もくれず、アルヴィスは大切な妹であるスノウに呼びかけた。
「スノウ!しっかりするんだ、スノウ!」
「うっ…。」
アルヴィスの呼びかけが聞こえたのか、スノウはゆっくりと瞼を開く。澄んだ翡翠の瞳に自分が映ったことにアルヴィスは酷く安堵した。
しかし、その安堵の表情が驚愕と絶望に変わるのは一瞬だった。
「スノ、」
「あなた、だれ?」
幼い妹の口から出たのは、彼女の兄であるはずの自分の存在否定。いつも愛しそうに自分を見てくれていた翡翠の瞳には、ただの疑問と見知らぬ人へ対する不信感がありありと浮かんでいた。
言葉を失うアルヴィスにディアナは音もなく近づき、そして囁くように言った。
「…これで貴方は独りきりね。」
その日、大国レスターヴァで誰にも知られることなく一人の皇子が消えた。