その他

□アルスノ兄妹
2ページ/4ページ




アルヴィスには家族がいない。それを聞いたのはウォーゲームに勝ち進み、皆が勝利に酔っている宴でのことだった。
いつもは厳しい表情を崩さないアランが、それは酷く寂しそうな顔をして話していたのをナナシは覚えている。



「あいつにはな、家族がいねぇんだよ。」


静かな声だった。豪快に振る舞うアランの姿ばかり見ていたから、ナナシは少々面食らってしまう。しかし、その内容はあっけにとられるには重く、宴の席には似つかわしくない内容だった。

ナナシは何故そのような話を自分にするのかが分からず、酒の器を片手にアランに低く問いかける。


「なんでそれを自分に話すん?」
「お前、アルヴィスをよく気にかけてるじゃねーか。」


アランの言葉にナナシは不思議と納得することができた。ナナシ自身、アルヴィスを他の子らより気にかけている自覚があったのだ。しかし、それは他の者たちと比べてアルヴィスが異彩だったためであって、別段特別な感情を持っていたわけではなかった。

だが、アランにはそうは見えなかったようで、彼は大きな杯に入った酒を一飲みすると真剣な表情でナナシに向き直る。


「ナナシ、アルヴィスをどう思う?」


静かに問いかけるアランは酒に酔っていると感じさせないほどに真剣な表情だった。その力強い瞳にナナシは思わず息を詰める。
こんなにも感情を露わにしたアランをナナシは見たことがなかったのだ。

どんなにふざけたような態度を取っていても、あの猫のチェスに追いかけられても、その瞳にはいつも理知的で落ち着いた色を宿していた。
その彼が今、自分を作り上げていた殻を脱ぎ捨てナナシと対峙している。


「…なんや、やけに真剣やな。」
「そりゃそうさ。あいつは俺にとって息子みたいなもんだからな。」


共に闘う同士に対して息子とはよく言ったものだと、ナナシは思う。その言葉はアルヴィスにとって侮辱にも等しいことなのではないか。しかし、普段のアルヴィスを思い出し、その考えを改める。
アランを慕うアルヴィスは、彼と接しているときには本来の子供に戻るのをナナシは知っていたのだ。


「おっさんの大事な息子に近づく悪い虫に説教でもしたいんか?」


アルヴィスが無条件に甘える対象であるアランに対して僅かな嫉妬が生まれ、ナナシは冗談めいた口調で返しながらもその声は刺々しいものになってしまった。
ナナシの声に込められた感情に気づき、アランは小さく溜息を吐くもすぐに本題へと話を切り替えた。


「そんなんじゃねぇ。ただ、アイツを助けて欲しいんだ。」
「…なんで、そないなこと自分に言うん。」


ナナシは本気で首を傾げた。その役目は自分よりも自ら息子だと言い張ったアランにこそ相応しいのではないかと思うのだ。
それは決して自分を卑下しているわけではなく、純粋に共に過ごした年月、アルヴィスの信頼度から行きつく必然的な考えだった。

しかし、ナナシの疑問を薙ぎ払うかようにアランは続けた。


「お前じゃなきゃだめなんだよ。俺じゃ、あいつを守ることはできても救うことなんざできねぇ。」
「何を根拠にそないなこと…。」


ナナシはアランの言葉に眉を寄せる。この男が言っていることが全く分からない。どう考えたとしても、アルヴィスを救えるのはアランしかいないだろうに。彼以外にアルヴィスを救える者など、先の大戦で亡くなったというダンナしかいないでないか。その彼だって既に故人だ。

アラン以外にアルヴィスを救える者などいないだろう。


「わいよりもおっさんの方が適任ちゃうの?」


ナナシの脳裏に無邪気な笑顔を浮かべるアルヴィスが現れる。あのような表情をナナシに引き出すことはできない。
全てを信じ、甘えることができる相手。
アルヴィスの絶対的な信頼を持つ者。


「…自慢にしか聞こえへんで。そないなこと言われてもな。」


アルヴィスを特に気にかけていたわけではなかった。ただ、他の子供らと一線を引いていたから、目を引いていただけだと思った。
けれど、アランの言葉を聞いていくたび、それがアルヴィスの特異性からくる興味だけだったと言いきれなくなってしまった。

こうして、アランの言葉に嫉妬に近い感情が湧き起っているのが何よりの証拠だ。


「言う相手はよく考えた方がいいとちゃうん?」


これ以上アランの言葉を聞いていたくなくて、ナナシは席を立った。それをアランはあんなにも熱心に話していたというのに、引き留める素振りすら見せない。
それがまたナナシの癪に障る。これ以上話すことはないとナナシはその場から離れた。

ナナシが席を立った場所でアランは一人酒を飲み込む。ナナシに言った言葉に嘘偽りなどありはしなかった。
アルヴィスが全てを曝け出せるのは、自分ではなくナナシなのだ。無条件に信頼している、甘えの対象だということは、裏を返せばそれだけ正面からぶつかることができないことになる。

アルヴィスにとって必要なのは、甘えることができる相手ではなく、全てにぶつかっていける存在だった。


「…俺ぁな。アイツに幸せになって欲しいんだよ。」


アランが小さく呟いた言葉は、宴の音の中に消えていった。











次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ