その他
□聖者の行進
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彼の体を蝕む屍の呪を知った時、ギンタは唐突に思った。彼を騎士のようだと。
守るべきもののため、呪を身に宿しながらも勇猛果敢に敵へと立ち向かう。
その姿を、その背中を見て、彼のようでありたいと願った。
「アルヴィス。」
偶然森の中を散策していて見つけた、彼の姿。夕暮れ時の森は、その姿を茜色に染めていた。その中で、ただ蒼くある存在。
ギンタはアルヴィスの姿を見つけると、思わず声を出してしまった。
ゆっくりと、ギンタに気づいたアルヴィスがこちらを向く。海面が波打つように、彼の蒼い髪の毛が光の反射で揺らめいた。
ギンタの中をアルヴィスが自分に気づいてしまったのだという後悔が駆け巡る。
ギンタを見つめるアルヴィスの瞳は空に広がる蒼穹のようで、感情を内に隠したサファイアのようだと思った。
「こんなところでどうしたんだ?」
アルヴィスが何故このようなところにいるのか。ギンタは分かっていた。偶然見つけたといっても、こんな近くにいるとは思っていなかっただけで、アルヴィスが森に来る理由は前から知っていたのだ。
しかし、彼に尋ねなければならないという、訳の分からない義務感がギンタの口を動かした。
アルヴィスはギンタの様子に眼を細めがらも、淡々とその問いに答える。
「別に、少し休んでいただけだ。城の中は、何かと煩いからな。」
暗にギンタのことを言っているのだと気づく。しかし、その言葉に対して反論は出てこない。する必要がないのだ。
嘘に対する反論など、したところで意味がない。
ギンタは無言でアルヴィスの前に立つと、彼の思いのほか細い腕を掴んだ。
ギンタの突然の行動にアルヴィスは咄嗟に反応できなかった。ただ呆然と己の腕を掴むギンタを見つめている。
ギンタはアルヴィスの腕を掴んだまま、その手の甲に走る真紅を見た。
白い中で光る真っ赤な刻印。それが酷く痛々しく、憎らしく、そして眩しかった。
「なぁ、痛むのか?」
真紅のタトゥを見つめながら、ギンタはアルヴィスに問いかけた。その問いにアルヴィスは一瞬身を固くする。服越しとはいえ、アルヴィスの腕を掴んでいたギンタにはそれが分かった。
「痛むんだな。」
「…この程度は問題ない。」
隠していたという罪悪感か、アルヴィスはギンタから顔を逸らしながら小さく呟く。しかし、罪悪感を感じていながら彼が放つのは柔らかい拒絶の言葉だった。
これがギンタがアルヴィスの身体を蝕む忌々しい呪の刻印を眩しいと感じる瞬間だ。
まるで、これ以上近づくなと言われているようで、酷く苦しい。絶対の不可侵領域のようで、これ以上踏み込んではいけない気持ちになるのだ。
「そっか。」
これ以上、近づいてはならない。
彼を、これ以上傷つけてはならない。
彼を蝕む呪が、既に彼の一部になっていることをギンタは知っていた。あの呪があるから、今のアルヴィスがある。
ギンタがなりたいと思う、騎士の姿があるのだ。
「ギンタ。」
俯くギンタにアルヴィスが声をかける。いつもベルに聞かせているような、柔らかく、優しい声だ。
緩々と顔を上げると、アルヴィスの整った顔が目の前に現れる。澄んだ蒼い瞳が、どこまでも綺麗で、ギンタは泣きそうになった。
「ありがとう。」
ああ、本当にお前は強い。
どれだけ身体が、心が傷つこうが、そうやって微笑む。
傷ついた騎士は、見えない血を流しながら進んでいく。
その先に何が待っていようとも。