その他

□君の体温
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彼は温もりを求めているのだと、どうして思ったのだろう。彼が、不死の呪を穿たれたと知っていたのに、どうして人の温もりを求めているのだと思ってしまったのだろう。

彼は、ただ確かめていただけだったのに。


「アルちゃん。」


己の手を握ったまま離さないアルヴィスに、ナナシは険しい顔で声をかけた。ナナシの声は小さく、けれど確かな音となってアルヴィスの耳朶を打つ。
声が届いているはずなのに、アルヴィスは反応を返さない。ナナシの常人よりも僅かに低い体温を宿した腕を握り、表情を動かさなかった。


「アルちゃん。」


再度ナナシは呼びかける。先ほどよりも強い声だ。その変化にアルヴィスは握っていた彼の腕を緩め、ゆっくりとナナシを見上げる。
彼の持つ全ての蒼が月明かりに照らされて、まるで闇夜のように揺らめいた。
揺らぐ蒼色にナナシは目を細める。

何だ、この瞳は。
この少年が持つ瞳は、こんなにも暗い色だったのか。

ナナシを見つめるアルヴィスの蒼色の瞳は、暗く淀んでいた。白を黒が侵食したように、塗り替えられた色。
無言で自分を見つめるアルヴィスに、ナナシは息を詰めた。


「…どないしたん?寒いんやったら、ワイがあっためたるで。」


冗談めかしながらナナシはアルヴィスを己の方へと抱き寄せる。何かがおかしいと、頭の中で誰かが叫んでいた。
けれど、どう言葉を発すればよいのか分からない。一言でも言葉を間違えれば、この少年は消えてしまう。

それは予感でも、可能性でもなく確信だった。


「アルヴィス…?」


滅多に呼ぶことのない彼のフルネームを口に乗せる。ナナシの腕に抱かれたアルヴィスは僅かにだが、震えていた。何かを求めるように、ナナシに自ら縋りつくアルヴィス。
普段では絶対にあり得ない彼の行動に、ナナシの中の不安は形をなさないまま大きくなっていく。

やがて、アルヴィスは小さな声でナナシを絶望へと誘った。


「人は、こんなにも温かいものなんだな…。」


人の温もりに安堵した声ではない。
これは拒絶。人の温もりを拒絶している声だ。

ナナシの中の不安が大きく、そして確かな形をなして広がっていく。


「…アルヴィスも、人や。」


ナナシはアルヴィスを強く抱きしめる。彼が息を詰めたのが分かったが、決して力は緩めない。この体温を、鼓動をアルヴィスに伝えるのだ。

ナナシも、アルヴィスも生きている人であると。

ナナシの言葉にアルヴィスはくすり、と笑った。全てを諦めているような、力のない笑い。その笑いにナナシは己の耳を塞ぎたくなった。

アルヴィスが発するだろう言葉は、ナナシにとって残酷なものでしかないから。


「…アル…。」

「ナナシ。お前は人だ。だが、俺は…もうすぐ人でなくなる。」


ナナシの言葉を遮って、アルヴィスは淡々と声を紡ぐ。ナナシの背中に回した腕を胸の前で伸ばし、彼から距離を取った。
そして白い肌を冒す真紅のタトゥが刻まれた手をナナシの頬に当てる。

まるで、最後の時だとでもいうように、アルヴィスは微笑みを浮かべた。


「アル…ヴィ、ス…。」


やめてくれ。その先の言葉なんて、聞きたくない。
やめてくれ。その瞳で見つめるな。
やめろ。
やめろ。
その先の言葉を言うな!


「ナナシ。お前の温かさを覚えている内に、俺を殺してくれ。」


どうして彼が温もりを求めているなどと思ったのか。
彼はただ、確かめていただけだ。

人の温かさを、忘れないように。
自分も温かさを持った人であると、忘れないように。
愛しい人の体温を忘れないように。

ただ確かめていただけだったんだ。


こんなにも君は温かいのに、それさえも感じられないなんて。


己を絶望に突き落した蒼い人は、ただただ綺麗に微笑んだ。
















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