その他

□泣くこと
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優しい人だった。本当に、全てを包み込んでくれる人だった。
輝ける金色を身に纏って、幾度も私たちを守ってくれた。

でも、その優しさが彼を永遠に縛りつけるものになるなんて思いもしなかった。今思えば、思いたくなかっただけかもしれないけれど。


「お兄ちゃん。」
「どうした?」


シャーリー、と優しい声で微笑むセネル。無愛想と言われるセネルだが、義理の妹であるシャーリーにはいつも温かな笑顔を向ける。
彼の中ではそれが当然であり、それを疑問に思ったことなどなかった。
しかし、シャーリーにはセネルの笑顔がまるで悲しんでいるように見えるのだ。姉の、ステラの面影を残すシャーリーに懐かしさと悲しさを感じているのかもしれない。

シャーリーをステラの代わりなどとは思っていないだろう。シャーリーもそれは分かっている。セネルがどれだけステラを想っているかを知っていたから、断言できる。


「お兄ちゃん…悲しいの?」
「急にどうしたんだ?」


そっとセネルの頬に手を添える。シャーリーとは違う褐色の肌は、太陽に愛された陸の民である一つの証なのだろう。
陸の民と水の民。二つの種族が分かり合うなど、以前の自分であれば考えられなかったに違いない。自分を変えたのが、姉とセネルであると理解していたが、同時に虚しさが募るのを止められなかった。

こんなにもセネルの表情が持つ意味を察することができるのに、彼の中での自分は「妹」でしかないという事実に。


「だってお兄ちゃん、悲しい顔してる。」


セネルの瞳が大きく見開かれる。銀灰色の瞳がシャーリーを映した。


「そうか?」
「そうだよ。…泣きそうな顔してる。」

「俺は泣かないよ。」


柳眉を下げながら、セネルはシャーリーの頭を撫でる。柔らかな金髪を、幼子をあやすように優しく撫でた。
シャーリーはセネルの表情を見据えた。先ほどの動揺は見られない。いつもの優しい顔の兄がそこにいた。


「泣かないの…?それで、お兄ちゃんは苦しくないの?!」


セネルの悲しさを隠すような表情に我慢ならなくなったシャーリーは思わず叫んだ。セネルの驚愕した顔が目に入ったが、口に出てしまった言葉は留まることを知らずに溢れ出る。


「いつもいつも自分一人で抱え込んでっ…!私はいつも守られてばっかりだけど…それでもお兄ちゃんの力になりたいの!ねぇっ…何でも一人で抱え込まないで…。お願い…!」

「シャーリー…。……ごめんな。」


ぎゅ、とシャーリーを抱き締める。セネルの声は落ち着いていて、しかし罪悪感に満ちている。


「俺、もう泣けないんだよ…。」


ごめん。
小さな声でセネルは呟く。シャーリーは何も言わずにセネルに縋りついた。
セネルの胸に埋める彼女から聞こえる嗚咽。兄が泣けないのなら、自分が代わりに泣く。彼が涙を流さない、流せない理由を理解してしまったから。

だから、私が代わりに泣くのだ。


悲しみのためにも、楽しさのためにも、喜びのためでさえ涙を流さないセネルの代わりに。

ステラの為だけにしか泣かない、セネルの涙を守るために。
ステラの為だけに存在する、セネルを守るために。

私は代わりになりましょう。



(貴方はもう、どんな幸福も悲哀も知ろうとはしないから)









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