その他
□人間なんて大嫌い
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「人間は愚かだね。」
幼い容貌に似合わない、老練とした声が夜の森に響く。
昼は優しい蜂蜜色の髪が、夜は冷たい月の色に変貌する。
「愚かじゃないよ。…人間は。」
「なら、何だっていうのさ。ジーニアス。」
ジーニアスは夜風に銀色の髪を遊ばせながら、自らの傍らにいる同胞へと瞳を向ける。
澄んだ大海を思わせる蒼い瞳。
けれど、澄んだ海は純真ではなかった。
純真でなどいられなかった。
「人間は馬鹿なのさ。愚かな奴ってのは、少なくても自分の罪をほんの少しだけ自覚してるからね。…意識していなくても、心の奥では何かのサインを出している。でも、人間は、それすらない。」
だから、人間は馬鹿。
ジーニアスはそういって笑う。
年相応な無邪気な笑顔で、酷く冷めた瞳を揺らして。
声をたてて笑う。
「へぇ…。新しいモノの見方だね。…なら、愚かなのはエルフかな?」
道徳から外れていると知りながら、ハーフエルフを、混血を疎んだエルフたち。
現在では、里にすら足を踏み入れることを許さない彼の者たち。
心の深層では罪の意識でもがいているというのに、未だ罪を認めようとしない愚かな生き物。
「そうだね。…でも、人間にも一部例外はいるけど。」
「…エルフにも、いないことはないね。…でも、所詮空の星の一握りでしかない。」
「……そうだね。」
その一握りの者たちだとて、所詮同胞ではない。
同胞の痛みは、同胞にしか分からない。
「ねぇ、ミトス。」
「何?」
「僕たちが人間を好きになる日は来るのかな?」
「…未来永劫、それは絶対にあり得ない。」
答えるミトスの声は冷えていた。
四千年の長きに渡り、憎悪の念を抱いてきた人間をより嫌悪こそすれ、好意を持つなどあり得ない。
「…そうだよね。」
対するジーニアスの声もまた、冷えていた。
ミトスと比較すれば、ジーニアスなど胎児にすら達していない年齢だ。
四千年と十二年。
生きた長さこそ違えど、心に根づく憎悪の感情は一緒だった。
それは同胞故。
同じ混血だからこそ分かり得る痛み。
「人間なんて、大嫌いだよ。」
嫌いという言葉さえ、人間には勿体ないと思うほどに。
殺してやりたいと思う心さえ、慈悲だと思うほどに。
人間は…言葉で言い表せないほどの負の感情が向かう先。
彼らは気づかない。
人間を憎めば憎むほど、人間という存在を認めていることに。
人間を憎む心が、自らを形成しているということに。
彼らは気づいていなかった。