その他

□道化がなく(Dグレ)
1ページ/1ページ




“大切な人を殺す”
なんて恐ろしい言葉。
なんて悲しい宣告。

その言葉を持つ意味を誰よりも知っていたのは貴方なのに。

仮面の奥に、貴方はどんな表情を隠していたのですか。

知りたかった。
貴方の本当の表情を見たかった。

なのに…


「…どうして、こんな所で寝てるんですか。師匠…。」


何も映さない瞳。
動かない四肢。
言葉を紡がない口唇。

赤い髪を染める黒い血。
数時間前であれば、髪の毛と同じように赤い鮮血だったのだろう。
その時ここにいることが出来たなら、貴方の本当の表情を見れたのだろうか。


“馬鹿言うんじゃねーよ、馬鹿弟子。”


動かない躯が動いて、そう言って僕を叩く貴方が思い浮かぶ。
そして、それが幻想ではなく現実であるならと願う自分がいる。


「…起きてくださいよ、馬鹿師匠。」


小さな声で動かぬ師に語りかける。
さすがに気を使ってくれたのだろうか。監視の者もいるにはいるが、離れた所で部屋に背を向けていた。
しかし、ここで師に近づこうものならば慌てて制止に来るのだろう。

それが分かっていたから、少し離れたこの場所で小さく語りかけるのだ。


「まだ借金が山ほど残ってるんです。…僕一人に押し付けないで下さいよ。」


“お前が払えよ、アレン。”


憎らしい程の笑みを浮かべながら、声高らかに宣言していたはずの師。
今も変わらずに、そう返してくれることを願っている自分。


「…貴方一人で、楽しようなんてズルイですよ。」


美しい黒髪の女性の元へ向かうのには早すぎる。
あの人は貴方を待っているだろうけど、こんなに早い再会は望んでいないだろう。

…女性が死に落ちた時、その場にいなかった自分が言えることではないけれど。


「起きて、下さい…。…師匠っ…!」


頬に感じる熱さは、悔しさの怒りのものだと思いたい。

悲しさや喪失感の熱が、あの師匠(ひと)の為に流れたと認めたくなかった。
肩に感じるティムの重さが、やけに重く感じた。



神の道化は孤独の道化。
深層に沈めた真実を隠す子供。
善良が真実。孤独が真実。
悪が真実。

全てが真実であり、虚偽である。



真実が虚偽に変わる時、倒されるのは正義か悪か。






[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ