†贄の翼†
□†贄の翼†堕天使の降る谷〜加減知らずの豪酒たち〜
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加減知らずの酒豪たち
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むくりと起き上がって、ひと声。
「俺の酒っ!!?」
碧が聞いた龍王の第一声は、それだった。
「あんた‥‥それが一言目の、あたしに向かっての挨拶ってわけ?」
このあたりの治安を左右できてしまうほどの権力をもつ飛空挺『空船』の船長である碧は、いかにもめんどうくさそうに答えた。
しかし、その声に気品という洒落たものはない。明らかに、どこか巷の牧場で羊を追い立てていそうな存在を匂わせている。
深い青色の瞳と、ブロンドを持ち合わせた、背の高い女性。
その髪と顔つきだけは、一人前の女性だ。
しかし、髪の状態はかなり悪い。ギザギザに切られていて(本人いわく、最高の状態に仕立てられている)、まるで毛束を引き千切ったような有様で放置されている。
衣服も、豪邸に住む家主にはほど遠く、寄宿学校の掃除道具箱の中で寂しくうずくまっている、薄汚れた雑巾を巻きつけたような格好なのだ。
龍王はそのひどい有様の、しかし普段の格好である碧を見て、いつもと同じような会話を切り出した。
「あんた‥‥あ〜あ、そのカッコ。俺がこのあいだ買ってきた服、部屋に届けたはずだけどなあ?」
ため息まじりに言う龍王は、いつものように呆れているようだった。
枕に腕をのせ、頬杖をついて碧の格好を眺めている。
当然だろう。碧の格好といったら、いかにもみすぼらしい貧相な格好なのだから。
「龍王。あんたに言われたってあたしはあたしなの。あの服、あたしには似合わないんだから」
「あ、一応開けて見てくれたんだ!やっぱ期待したかいがあったな。‥‥‥着ればいいじゃないか。俺は、あんたに似合うものしか選ばないんだよ?」
どうかしら。そう言って、碧は席をたつ。龍王が目を覚ましたので、もう用はないのだろう。
どうやら、自分が目を覚ますのをずっと待っていたらしく、付き添っていたのも碧だけだった。
龍王は船の中の自室にあるベッドに横になっていた。
いつもフラフラしている流浪の身だが、副船長というだけに、小ざっぱりとした簡単な部屋が配分されている。
「そういえばあんた、あんな場所でなにしてたの?」
「え?」
「え、じゃないわよ。あんたが晩になっても帰ってこないから、みんな心配して、ずいぶん探したんだからね。今の今まで寝てたから覚えてないだろうけどさあ」
内心、龍王は少なからず驚いた。もう夜になっているのか、と。
下の方で騒がしいのをみると、今ごろクルーたちが酒を山のように浴びている事だろう。
「ということは、碧ちゃん。俺の寝顔に見とれちゃってたわけかい?」
「‥‥勘違いもほどほどにって言葉、知ってるかしら。あんた相手に、そんなこと一度だってしたこと無いわ。だいたい、なんでこんなタレ目のヤツが人気なのかしら!」
碧はほほを膨らませて腕を組み、目を釣り上げて言った。
「タっ!?そこまで垂れてないってば!!」
「はいはい。‥‥まあ、痴話喧嘩するなら他をあたってちょうだい」
力なく言いのこして、碧が部屋を出ようと踵を返す。
龍王も話すことも無くなったのか、再びベッドにもたれこんた。
背中で毛布がボフ、と音を立てる。
「もうすぐ夕飯の第二弾ができる頃だろうから、あんたもはやく降りてきなさいね」
「は〜〜い」
「それと‥‥‥」
「うん?」
「あの子。あたしの部屋に寝かせてるわ。どうして一緒くたにころがってたのか、後で説明しなさい」
約束よ、と言い残して碧はドアの向こうに消えた。
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