書*短編


□灯火一つ
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◆仄灯りの残影◆


斜陽の帰途はなぜか自然と足が重くなる。
そんな自分を、皆追い越して行く。

帰り行く場所があり、そこに待つ家族がいて、一日の終いを安堵し語り合い、そして眠りにつくのだろう。

ふと振り返ると、自分の影に目を落とす。
それは一つぽつりと夕闇の中で長く伸びて、一本の黒い棒のようだ。
その長さにすぐに夜の帳が訪れることが分かる。
夕映えの道の真ん中で佇む自分を訝しげに見遣りながらも、歩き過ぎて行く人々。

疲れ切った顔の炭売り。
これから一杯やるのか、陽気に話す職人風な男二人。
何か約束があるらしく小走りに急ぐ袿を被った女。

色々な人がいるのだなとそれらを見ながらまた体を返し、歩を進める。
自分の家を目指して一歩一歩足を出す毎に、少しずつ暗さが増して行く気がする。
それは夜の先触れなのだろうか。

憂鬱とは違う空虚感を抱えながらも、いつしか町屋へと辿り着く。
残照の中、自分の借家だけがひっそりと沈み返っていた。
外まで響いてくる隣の家族の賑やかな声が更に我が家の静けさを濃くさせた。

今は勤めている学園が休みであるため、普段空け気味の借家で過ごしている。
思い付きの多い学園長からの頼まれ仕事や新学期の準備。あと近所の掃除や当番なども普段参加できない分、ここぞとばかりに次々と押し付けられる。
それらをこなしながらそれなりに忙しい日々を過ごしているが、たまに隙間を縫うようにぼんやりとする時間がある。
その不意に心に現れる穴のようなモノは、それほど大きくはないが、抱えるには軽くない。
それの正体はわからないまま、どうせいつか埋まるだろうと放っていた。

狭い入り口に申し訳程度に下げられた暖簾をくぐると家へ入る。
「ただいま… 」
思わず出た言葉に一瞬足を止める。
目に映るのは薄暗い土間だけだ。
夕灯りがまだ眸の裏にちらついて、いつもよりも暗く感じる。

一つ息を落とし、草鞋を脱ぎ散らかすと板間へと上がる。
火の気のない囲炉裏はひっそりとしていた。
あとは机の上の読みかけの本が出迎えるのみだ。

格子窓から差し込む橙の陽に作り出された自分の影がひとつある。
そんな部屋を見回して思う。
(こんなに広かったか…)

腹は減っているがなんとなく動く気にもならずに机の上に肘をつくと、外をまたぼんやりと見上げる。
普段からは考えられないほどある自由時間を少し持て余していた。
残りの休みをどう過ごそうか。
そんなことをポツリと考えたりする―――
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