乙女

□雨の日
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片手に今日の晩ご飯の為の食材とビールの入った袋を下げながら俺は家路へと歩いていた。
今日の野球はどこのチームが勝つだろうかて考えているとポツリと顔に冷たい水が当たった。
そして勢い良くザァッと空からは雨が降ってきた。



























雨から逃げるように近くにあった店の軒先へと俺は非難した。
水分を吸った服や靴は重く感じ髪の毛からはポタリポタリと雫か落ちてくる。
ハンカチやタオルなんか持ち合わせているわけもなく拭くにも拭けない。
早く止まないかと空を見上げながらポケットに入れていたタバコに火を付けた。
少し濡れているタバコを口に啣えながら行き交う人を見ていた。
中には用意がいい人もいるらしく傘をいくつか見ることができる。
そんな人たちを俺は羨ましいと思いつつ雨が止むのを待っていた。





「先生も雨宿りですか?」


俺の背後から声がした。
振り返ると日野が立っていた。
制服でもない、コンクール用の衣裳でもない普段着の姿は初めて見るせいで最初は一瞬わからなかった。


「おぉ、日野じゃないか。一瞬誰だかわからなかったぞ。」
「私はすぐに先生だってわかりましたよ。」


クスクスと笑いながらひどいなぁと言う日野。
知ってはいたつもりだが女っていうのは着ている服なんかでガラリと雰囲気がかわる。
日野でそのことを再確認した気がした。
マジマジと見ていたわけじゃないが何をどう勘違いしたのか日野はそんなに変ですか、と言い出した。
変じゃないぞと言ってやれば良かったと顔を綻ばせた。


「先生これどうぞ。」


生徒の前でタバコを吸うわけにもいかず俺は前に貰った携帯灰皿で火を消していた。
日野はというと濡れている俺を見兼ねて鞄から綺麗に折り畳まれたハンカチを差し出してきた。


「おっ、気が利くなぁ。」
「さっきからずっと水がポタポタ落ちてるから気になってたんです。」
「ははっ、悪いな。」


礼を言いながら日野の手から俺はハンカチを受け取った。
服なんかは拭いてもどうしようもないから顔や髪を俺は拭く。
ハンカチはすぐにビシャビシャに濡れた。
ははは、と笑いながら俺は日野に洗って返すと言ってハンカチを収めたのだった。





「雨止みませんね。」


日野が空を見ながらポツリと言った。
俺も再びどんよりとしている空を見上げそうだなと相槌をする。
ちらりと横目で日野を見れば初めて見る私服の所為なのか、それともこの雨の所為なのか。
いつもと違う雰囲気に俺は少し戸惑った。
ここ最近の俺は‥‥‥日野のことを生徒としてではなく見ているかもしれない。
いや、見ているような気がする。
そういう感情から離れて忘れていたのをここ最近はジワジワと思い出しつつあるような気がするのだ。
どうにかしなければ。
俺は内心焦っていた。
このままだと俺も危ない、だが日野も危ないのではないか‥‥‥(いろんな意味で)


「日野、ちょっとここで待っててくれないか?」


手に持っていたビニール袋を日野の近くへと置きそう伝えた。
俺はこの場から逃げ出すかのように近くにあるコンビニへと走る。
いきなりのことで多分、いやきっと驚いているだろう日野を思い浮かべながら雨の中を走ったのだった。
そしてコンビニへ入るや否やビニール傘をひとつ手に取りレジへと急ぐ。
そしてすぐさま日野のところへと戻り買ったばかりの傘を差し出した。


「ほれ、これを使って帰るといい。」


俺は無理やり日野に傘を持たせた。
日野は驚く顔を隠せないでいた。


「もう時間も遅いしなにより寒いだろう。これを使っていいから早く帰るんだな。」
「でも先生が買ったんだから先生が使うのが普通じゃないんですか?」
「生徒をほっておいて帰れるわけないだろう。」


もっともらしいことを並べてなんとか帰らそうとする。
俺がなんとか理由をつけても日野は引き下がらない。
むしろ意地でも張っているのか嫌だとばかり言ってくる。
内心はもっと別のところに理由があるなんて日野は気づいているのだろうか。


「だったら先生一緒に帰りませんか?」
「はぁ?」
「先生がこの傘で私の家まで送ってくれれば良いんですよ」


気づいているわけないか。
俺が愕然としている目の前で一人盛り上がっている日野。
俺が駄目だと言っても無意味なのだろう。
きっと俺はこのまま日野を家まで送ることになるだろう。
日野の顔を見ているとなんだかさっきまで考えていたことがどうでもよくなってくる様な、そんな気がしてきた。





日野の家から自分の家へと帰る。
強く振っていた雨も今では弱くなっていた。
日野のお母さんにお礼を言われ雨で濡れていた俺にせめてものお礼にと風呂に入っていってくれと言われた時にはなんとかしてその場を逃げ切った。


「もう野球、始まってるよなぁ。」


腕時計を見ながら俺はそう呟いた。
ガサガサとビニール袋を手に持ち傘をさしながら顔が綻ぶ。
最初は勘弁してくれと思っていた。
でもなんだかんだ言いながらやっぱり嬉しかったのだと後になって思った。
なんともいえない気持ちのまま俺はこの雨に少しだけ感謝をしたのだった。
































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