私が縁側にて書を読んでいると、足音が近づいてくる音が聞こえた。 段々とそれは大きくなり、目の前で止まる。 影が出来、顔を上げれば、あぁやはり。 ニコリと笑い、少し照れた様子で幸村が立っていた。 |
「どうした、幸村。私に用か?」 「はい、こちらを兼続殿に渡すようにと。」 三成殿からです、と幸村の手には私にやれというのだろう、仕事だった。 すまない、と言いながらそれを受け取る。 受け取ったのを確認した幸村は、それでは、と踵を返そうとした。 「待て、幸村。」 即座に私は幸村の衣服を引っ張り歩みを止めた。 幸村は当然驚く。 私は再び、すまない、と手を離し謝罪をした。 「折角なのだ、私に付き合わないか?」 「それは構いませんが‥‥‥お邪魔ではないですか?」 幸村の視線の先には先程まで読んでいた書物と、受け取った仕事があった。 何を遠慮する必要があろうか。 今はお前と一緒にいたいのだ、と伝えればはにかみながらも幸村は、はい、と小さく笑った。 隣へ座るように促し、私は少し横へ移動する。 言われるがまま幸村は隣へと腰を下ろした。 「このような天気の良い日に仕事に等時間を使うのは勿体ないとは思わぬか?」 体を伸ばし後ろへと手を付きながら幸村に顔を向けた。 その私の姿がおかしかったのか、幸村はくすくすと笑っている。 本当に良い天気です、と今度は二人で空を仰いだ。 他愛のない話が続き、ゆったりとした時間が流れる。 こんなに穏やかな時を過ごすのは久しぶりだと感じた。 「そういえば、昔もこのように一緒に過ごしましたね。」 「おや、覚えていたのか?」 「勿論です。」 昔とは幸村が幼少の頃、上杉に人質として過ごした時だ。 私の中で、幸村と過ごした時間というのは暖かく忘れたくても忘れられない思い出なのだが‥‥‥。 「あまり思い出したく無いのではないか?」 「それが、私のあの頃の記憶には良い思い出しか残っておりません。」 兼続殿の事は沢山覚えています、と懐かしむような声色で幸村は言った。 そんな事を言ってくれるとは思っていなかった。 私は、呆気に取られてしまう。 そんな反応をしている私を見た幸村は、自分の言葉に気付いたのか、顔を赤くし俯いた。 逆に私はそんな幸村を見て微笑ましく思った。 「あの頃はよくお前に本を読んだりしてやったな。」 「はい、兼続殿に読んで頂くのが好きでした。」 「途中で寝ていたように思うが?」 「あ、あれはっ!」 違うのです、と一生懸命弁明しようとする幸村に私は声をあげ笑った。 そして腕を手に取り、ぐいっと私の方へ引っ張る。 へっ、と声をあげながら幸村の頭は私の膝の上へと納まった。 「な、何をなさるのです!」 「なに、あの頃と同じ事をしようとしたのだ。」 温和しくしなさい、と子供をあやすかのように、ぽんぽんと二回肩を叩く。 何か言いたそうだった幸村だが観念したのか、顔を庭の方へ向けた。 よしよし、と髪を撫でてやれば、もう子供ではありません、と拗ねた様子を見せる。 そうか、と私は小さく笑い髪から手を退けようとした。 と同時に、あ、と幸村から声が聞こえ、どうかしたのかと顔を覗いた。 「あの、手は、そのままでいて‥‥‥ほしいのですが。」 幸村は顔を赤くし、恥ずかしそうに私を見上げた。 喜んで、とふっと笑いながら申し出を受け、望み通り髪を掬う。 くすぐったかったのか身を捩らせ、また庭へと視線を戻した。 「幸村、寝てしまったのか?」 しばらく気の済むまで撫でていてやろうと思っていた行為は、幸村に眠りを齎らしたみたいだ。 膝の上で目を閉じいつのまにか寝ている。 仕方のないやつだ、と思いながらもこのように甘えてくれた幸村を可愛くも思う。 「さて、いつまで甘えてくれるだろうか?」 ずっとこのままの関係でいたいような、そうでないような、複雑な気持ちでいる。 お前はどちらがいい、と寝ている幸村に聞いても返事は当然無い。 変わりに私の足へ擦り付けるかのように、頭を小さく揺らした。 本当に、仕方のないやつだ。 読みかけの書を手に取り、開いている手は再び幸村の髪を撫でようと伸ばされる。 今のこの何とも言えぬ穏やかさがあればどちらでもよいか、と幸村が目を覚ました時を思い浮かべながら、私の顔は微笑んでいた。 |
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