最近、仕事が増えた。 毎日のように左近や兼続が俺の部屋に訪れては、増やしていく。 机の上に置かれたそれを見て溜息が零れた。 別に期日が迫っているという訳ではないのだが、早いうちにやっておいて損はない、とやってしまう。 四六時中、机に向かい用が無い限り離れない。 時間が惜しいのだ。 早く片付けて、俺はあいつと‥‥‥。 そんな事を頭の隅で考えながらいたからだろう。 いきなり視界がぼやけ、俺は記憶を失った。 |
目を開ければ見覚えのある木目。 頭の中でそれは俺の部屋の天井だということを思い出す。 なぜ俺は横になっているのだろう、と記憶を辿れば倒れたのだということも思い出した。 「起きられましたか?」 上手く働かない俺の頭と体。 だがこの声だけは直ぐにわかった。 ゆっくりと顔だけを声のした方へと動かし酷く安心をする。 幸村、と名前を呼んでみれば、はい、と返事があり夢ではないのだな、とまた安心をした。 「具合は如何ですか?」 「あぁ、大事ない。」 良かった、と胸を撫で下ろす幸村に心配を掛けてしまい詫びる気持ちと、なぜか嬉しく思う気持ちとが入り交じり複雑だ。 これ以上心配を掛けまいと横になっている体を起こそうとする。 あぁ、少しだけ目眩がするかもしれん。 横で幸村が心配そうに腕を出しながら俺を見ている。 大丈夫だという意味で俺はその腕の前に手を出した。 「俺が倒れてからどれくらいたつ?」 「然程たっておりません。」 話を聞くと日は変わっていないようだ。 俺を見つけたのは兼続のようで、幸村に後で感謝を言うようにと言われた。 「それで、俺の病は何だ?」 水を渡されそれを口に含む。 幸村を見れば少し呆れたような顔をしていた。 「ただの寝不足だそうです。」 はにかみながら俺に告げられた病名。 俺も自分のことながら予想していなかった名前に驚きを隠せない。 寝不足、実に馬鹿馬鹿しい。 「あと食事は召し上がってましたか?」 「‥‥‥そこそこは。」 「そんなことだろうと思いました。」 少し窶れましたね、と幸村の手が俺の頬へと触れる。 幸村が言うのだからそうなのだろう。 擦られる感触に心地よさを覚えながら、だが俺にはやらねばならぬ事があるのだ、とその手を掴んだ。 「幸村、俺にはやらねばならぬ仕事がある。」 「なりませぬ。」 どけてくれ、と言おうとしたら瞬時にそれを拒まれた。 驚きを隠せない俺は何故だと目で訴える。 幸村は本当に呆れたのだろう。 肩を竦めながら小さな溜息を吐いた。 「仕事よりも三成殿はご自身の体の事を心配して下さい。」 「だが「三成殿。」」 何かを俺が言おうとすれば有無を言わさず幸村が制す。 このように俺に対して強く出る幸村は初めてだった。 きっと兼続達に何か言われたのだろう。 あいつらには悪いが俺はやらねばならぬのだ、と立ち上がろうとした。 だがそれすら許してもらえない。 肩を掴まれ、そのまま横に押し倒される。 いきなりの事で状況を把握できてない俺に直ぐ様布団がかけられた。 「なぜ三成殿はご自分を大切になさらないのですか!」 これも初めてだった。 幸村が俺に怒鳴り声を上げるとは思いもしなかった。 「私がどれ程心配しているか、わかっているのですか!」 「‥‥‥すまない、幸村。」 「‥‥‥いえ、私も大声を出し申し訳ございませんでした。」 そう言って幸村は俯いてしまう。 泣いているのだろうか、と思った。 髪が顔に掛かりよく見えない。 それを掬ってやろうと手を伸ばそうとした時、幸村は顔をあげ、俺は手を素早く戻した。 「なぜ倒れるまでして仕事をするのですか?」 「早く終わらせたいからだ。」 「ですが、中にはまだ期日のある物も片付けたそうですね。」 気のせいだといいが、幸村はまだ怒っているようだった。 俺はどうすれば良いのかわからないままだ。 「‥‥‥この前の約束を、覚えているか?」 「勿論です。まさか、その為に無茶を?」 「あぁ。」 素直にここは話した方が良い、と判断した。 それに俺自身は無茶とは思っていないのだが、違うと言えば幸村は怒ったままだろう。 それよりも幸村が俺との約束を覚えていたと言うことに喜びを感じた。 「あれを果たそうと思い、仕事を片付けていた。」 時間が惜しかったのだ。 幸村と過ごす時間が欲しかった。 早く片せば時間が出来ると、思っていた。 現実は上手くいかなかったが。 「三成殿が私との約束の為にと仕事をしてくれた事は嬉しく思います。」 「あぁ、だから俺は続きをやる。」 「しかし、体調を崩してまで約束を果たしてくれたとしても、嬉しくなどありません!」 私はいつまでも待ちます、と言われ何かがストンと俺の中で落ちた。 「それに弱々しい三成殿は、三成殿ではありません。」 早く元気になって下さい、と俺の胸のあたりをぽんぽんと叩く。 それと同時に俺の目蓋が重くなり、睡魔が訪れた。 「幸村、約束は必ず‥‥‥。」 「えぇ、必ず。」 朦朧とする意識の中、ゆっくりと俺は目を閉じる。 微かに見えた今日初めての幸村の笑顔。 そして、おやすみなさい、という暖かく優しい声と一緒に、俺は夢へと旅立った。 |