戦国

□触れた温もり
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「幸村!幸村はおらぬか!」


ドタドタと回廊を歩く音がいつものように今日も聞こえてくる。
間もなく幸村の自室の襖が開けられるだろう。
いつもの事だ。
書物を読んでいた幸村は溜息を一つ吐き、今日はどんな事に付き合えばよいのだろう、と襖へと体を向き直した。


「幸村、おるか?」
「はい。私はこちらに、政宗殿。」


襖が勢い良く開き、政宗の姿が目に入る。
そう、この会話も、こうやって襖が開くのもいつもの事。


「今から城下へ下りるぞ。」


ただ違ったのは城内で過ごすのではなく、外へ出かけるという事だった。
いつもならこの幸村の部屋にて、政宗が幸村に抱擁を迫ったり、膝枕を迫ったり。
とにかく幸村にくっつき時を過ごすのだが、珍しい事もあるものだ、と普段と違う申し出に幸村は驚いた。


「何だ、嫌なのか幸村?」


顔に出ていたのか政宗は怪訝そうな顔をした。
そんなことありません、と弁明をし、ならば支度をしてこいと言われ、幸村は腰をあげ準備をしに奥の部屋へと消えた。



























「どこまで行かれるのですか?」
「按ずるな、すぐそこじゃ。」


先を歩く政宗の後を幸村は付いて歩いた。
人で溢れる城下を店に等には目もくれず歩く。
会話をするわけでもなく二人は歩いた。
しばらくしたら目的地に着いたのか、政宗の歩みが止まる。
それに吊られ幸村も止まりその場所を確認した。


「神社、ですか?」
「そうだ。幸村、上るぞ。」


言うや否や政宗は幸村の手を取り何百とあろう階段を昇ろうとした。
いきなりの行動に幸村は状況を把握することが出来ず、引っ張られながらなんとか付いていく。
政宗の駈け昇る速度が早いため、幸村の足が絡まりそうだった。


「政宗殿、急いでも何も逃げ等しません!」


だからもう少しゆっくり、と中腹あたりでやっと言うことが出来た。
政宗の足は一旦止まり、二段くらい下にいる幸村に振り返る。
ふむ、と何かを納得した政宗はそれもそうじゃ、と再び階段を昇りだした。
今度はゆっくりと昇ることが出来、幸村も恐い思いをしなくてすむとほっと胸を撫で下ろした。
下を見下ろせば随分高くまで昇ったことに気付く。
足元ばかり気にしていたせいか、頭の隅に追いやられていたが手を未だに握っている事にも気付いた。
いつになればこの手を離すのだろう、と政宗の背中に目をやる。
離してほしい気もしたが、なぜか今の空気を壊せないでいた。




なぜ政宗殿は私なんかを構うのだろうか、と幸村は疑問を抱く。
前々から思っていたことだ。
付き合うのなら他に相応しい人がいるだろうに、と不思議でしょうがない。
しかも普通の話相手とかではなく、なにかしら政宗は触れたがる。
今だって手を握らなければならない、というわけではない。
手を引かなくても逃げたりなどしないし、昇れないわけでもない。
政宗に考えあっての事なのだろうが、幸村には理解しがたかった。






そうこう考えるうちに二人は境内の中にある社へと辿り着く。


「政宗殿、一体何をなさるのですか?」
「神社へ来たのだ、お参りに決まっておろう。」


再び手を引っ張られ歩きだす。
人は誰一人としておらず、かと言って寂れているわけでもない。
きっと誰かが掃除などをしているのだろう、と辺りを見渡しながら社の前にある賽銭箱が目に入った。
賽銭箱の前にある小さな階段を政宗から先に昇っていく。
幸村も後に続き、二人で並び銭を投げ込んだ。
がらんがらん、と政宗が鐘を鳴らす。
手を鳴らし、手を合わせ、神に願いをかけた。


「政宗殿はどのような頼み事をなされたのですか?」


礼拝をすませ、顔を上げた政宗に幸村は問うた。
口にしたら叶わなくなろう、と政宗は答えなかったが。
それもそうですね、と賽銭箱を背に小さく笑った。


「幸村、暫し止まれ。」


先に階段を降りた幸村に政宗の声がかかる。
なんだろう、と言われるがままに立ち止まった幸村は後ろを振り返る。
政宗はまだ賽銭箱の前にいたが、ゆっくりと歩き出し、何かを確かめるように一歩ずつ段を踏んでいった。
そして最後の一段というところで政宗は止まる。
幸村から見れば少しだけ政宗を見上げなければならない格好だった。
これくらいか、と政宗は足元の段の高さをまじまじと確認している。
何がしたいのだろう、と不思議そうにその行動を見ていた幸村は突然、抱き締められた。
いきなりのことで驚いている幸村とは裏腹に、政宗は頬摺りをしながら満足そうにしていた。


「政宗殿、戯れがすぎます!」


離してください、と胸に手を添え押し返そうとしてみるものの、逆に政宗の幸村を抱き締める腕に力が込められそれは叶わなかった。


「儂にこうされるのは嫌か?」
「嫌です。誰かに見られたら恥ずかしいではありませんか。」
「恥ずかしいから嫌なのだな?」


首を縦に振り、離れてください、と再び押し返そうと頑張る幸村なのだが、やはり無駄に終わる。
何でこんなことになったんだ、と溜息まで出てきた。


「幸村、なぜ儂がお主に構うのか、不思議であろう。」
「はい。」
「儂が段なくてもお主が見上げるくらいになれば、教えてやる。」


だからそれまで待て、とぽんぽんと子供をあやすかのように幸村の頭を撫でた。
別に怒っているわけではないのに、と思いながらもどこか心地よく感じる。
だからなのか、幸村も政宗の頭に手を添え、ぽんぽんと同じ事をした。
不意に政宗の動きが止まる。
そして政宗の顔が幸村の肩へ蹲るように置かれた。
暫らくその状態で時を過ごす。
ゆっくりと政宗が顔をあげるまで、幸村は政宗の頭を撫で続けた。





神社の階段を下まで降りる。
手は繋がれていた。
幸村は帰りの帰路をあまり覚えていない。
覚えていたのは、自棄に熱い政宗の手の温もりだった。












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