森を赤く染めている夕日が誰もいない教室に差し込んでいる。 あぁ、間違えた。 普段はクラスメイトが騒いだり勉強したりしている教室に俺が一人いた。 窓際の席に座り(俺の席ではない)グラウンドをただ眺めていた。 既にクラブ活動は終わっているみたいで数えるほどの人しかいない。 結構遅い時間まで学校にいるんだなぁ、と改めて思う。 今俺は担任に呼ばれたからと職員室へ行っている珠紀を待っていた。 まだ終わらないのか、と肩肘を付いてボソリと独り言を言う。 今日の授業が終わって直ぐに呼び出しが掛かり、珠紀は一言俺に行ってくると言い鞄を自分の机に残し出ていった。 別に俺と珠紀は一緒に帰る約束をしているわけではない。 だから俺は直ぐに帰っても良かったのだが…なんとなく、なんとなく今日は一緒に帰りたい気分だったのだ。 いつまで待たせる気だ、と勝手に待っているのに苛ついてみる。 こんな暇な時の為にクロスワードをすればいいのだが、する気にもなれないでいた。 暇だ、とぼんやりと外を眺める。 でもいつでもこの教室のドアが開いてもいいように耳だけはそっちに集中させていたりする(いきなりだと心臓に悪いから) 早く帰ってこい、と心の中で呟きながら小さな足音を今か今かと待つ。 そんな自分に少し笑えた。 パタパタと教室に近づいてくる足音が聞こえてきた頃、既に空は赤から黒に変わろうとしている時だった。 もう学校内にいる生徒は俺と珠紀だけだろう。 一体どんな用事だったんだ、と溜息が出ると同時にガラガラと教室のドアが開く。 あ、という声がする方へ顔を向ければ珠紀が驚いた顔をして俺の方を見ていた。 「拓磨、まだいたんだね」 誰もいないと思った、と珠紀は笑いながら自分の席へ鞄を取りに歩く。 やっと帰れる、と俺も今座っている席から立ち上がり自分の席に置いてある鞄を取りに行った。 ガタガタと机を鳴らしながら(ぶつかった)珠紀とは少し離れている席はなんか切なく感じる。 他の守護者からすれば俺は同じクラスなだけかなりマシなのだが…出来れば隣の席に(欲を言えば窓側希望)なりたかった。 「ねぇねぇ」 手には鞄を抱えながら俺の後ろに立つ珠紀。 どうした、と振り向けば意地悪そうなニヤリとした顔をしていた。 「拓磨待っててくれたんだね」 「別に、お前を待っていたわけじゃない」 「もう素直じゃないなぁ」 ニヤニヤと笑いながら俺を覗き込んでくる珠紀との視線をフイと逸らしてみる。 きっとこんな行動をしてみても照れているという事はこいつにはお見通しなんだろうな、と思うと癪だった。 ガタガタと自分の席から鞄を持ち上げる。 さて帰るかと思い直した時、クイクイと袖を引っ張られた。 今度はなんだ、と珠紀のいる方へ顔を動かす。 そこには柔らかくでもはにかむような笑顔の珠紀が俺を見つめていて、捕まれている袖が今度は俺が傾くくらいの力で(と言ってもしっかり立っている)引っ張られた。 「でも私ね、拓磨がいてくれて嬉しかったよ」 ありがとう、と耳元で囁くように告げられた珠紀の声。 別に誰もいないのだから小声になる必要はないのに…でもなぜかその行為がくすぐったく愛しく思えた。 ゆっくりと離される手、恥ずかしそうに笑う顔、優しい眼差し。 それ等が俺に向けられている。 そう思ったらいてもたってもいられなくなった。 「…珠紀」 何?、と首を傾げた頭に右手を乗せ動かぬように固定する。 そして顔を近付け触れるか触れないかのキスをした。 閉じていた目を開けば、広がるのは驚いている真っ赤な珠紀。 ぽかーん、としたまま俺を見つめている。 なんだかその表情に笑えてきて、珠紀の頭をくしゃくしゃに撫で回した。 「いつまでアホ面してんだ」 帰るぞ、と笑いたいのを堪えながら珠紀を促し先に教室から出た。 律儀にドアも閉めてみて、きっと今だに目を見開いている珠紀を思い描きながらゆっくり歩く。 少し離れた教室からドアの開く音が聞こえ、それと共に珠紀の足音と俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。 きっと理由を聞かれるだろう、さっきの行動。 でも聞かれる前に、なんで俺が待っていてキスをしたのか考えてくれ、と言ってみよう。 その答えがわかった時、俺の気持ちを伝えたいと思う。 足を止めて後ろから駆け寄ってくる珠紀に向かって、置いてくぞ、と声を掛ける。 待って、と聞こえてくる想い人の声に俺は小さく笑った。 |