「何で髪なんか切ったんだよ」 私が一人外の景色を眺めていると後ろから声がした。 声で誰なのかわかってはいたけど、後ろを振り向き頭の中にある人仏像と重なってホッと胸を撫で下ろす。 那岐、と名前を呼べば足を動かし私との距離を縮めた彼。 顔を見上げると、怒っているような、いないような。 長年付き合いのある私にもなかなか読み取れない表情で私を見る。 どうして切ったんだ、と再び問われた。 「まだそんなこと言ってるの?」 数日前に切った髪の毛。 今はかなり短くなって肩にも届かないソレを私の左手が弄ぶ。 他の皆は最初は驚いたものの、似合っている、と言ってくれたのに那岐だけは一言もなかった。 むしろ気に入らなかったのか、未だにこうして理由を聞いてくる始末だ。 「だってあの時はあれが一番良いと思ったから」 「…それは前にも聞いた」 そう、この話になるたびに私は同じ事を言う。 一番良いと思ったから切った、というのは偽り無い本心で他の回答を私は答えること出来ないのに…那岐は納得してくれない。 「何で那岐は何回も聞いてくるの?」 別に、似合ってる、と誉められたいわけじゃない。 だけどこうも聞かれると、今の自分を否定されているみたいで嫌だ。 考えれば考えるほど胸の辺りがモヤモヤしてきて顔が歪んでくる。 じんわりと目に涙が溜まりそうになって見られたくなくて私は俯いた。 頭の上からは溜息が聞こえる。 同時に、千尋、と名前も呼ばれた。 「何を勘違いしてるか知らないけど、切ったことに対して聞いてるんじゃない」 だったら何に対してだ、と言ってやりたかったけど今声を出したらきっと擦れているんだろう。 半泣き状態なのをばれたくなくて(でもきっとばれている)まだ目に止まっている涙を手で拭って顔をあげた。 それを待っていたかのように那岐の左手が持ち上がり私の髪に触れた。 髪の端を持ち上げ手のひらに乗せて、長さを確かめるような仕草で先の数センチを親指で撫でていた。 「ここまで短くしなくて良かったんじゃないの?」 そう言ってずっと髪を弄る那岐。 「それって長いほうが良かったってこと?」 「…別に」 ただ、と那岐は話を続け手を離す。 今度は髪先ではなくて私の頭も一緒に撫でた。 「意外とキレイだったからさ」 勿体ないと思ったんだ、と那岐にしては珍しく柔らかく笑った。 その顔にドキンと胸が弾ける。 意外は余計だよ、照れ隠しで言ってやる。 やっぱり那岐にはばれているのかもしれない。 クツクツ笑っていた。 「すぐに伸びるよ」 「…別にどっちでもいいよ」 千尋は千尋だから、って那岐は嬉しそうな顔をする。 そんな那岐を見て、ふふふ、と笑ってしまった。 気持ち悪、と言われたけど今は怒る気になんてなれない。 だって未だに頭の上にある手からは優しさと暖かさしか伝わってこなかったから。 |