戦国

□夜に君を想う
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夜、寝付けなくて場内を散策していた。
寝静まった城は日中の活気に満ちた空気とは違い、寂しく感じる。
ギシギシと歩くたびに軋む回廊。
時折強い風が吹きザァっと揺れる木々。
空には月と星が輝いていた。



























肌に当たる冷たい風を受けながら、先にあるひとつの部屋から小さな明かりが灯されているのがわかった。
確かあの部屋は、と頭の中で持ち主を思い浮べる。
いつもなら寝ているだろう時間に起きているのは珍しい。
なんなら話相手にでもなってもらおうか、と俺は足を進めた。





襖越しに名を呼ぶ。
中から少し驚いたような声で返事が聞こえた。
失礼するよ、とゆっくりと襖を開ける。
ゆらゆらと小さな火が風で揺れ、その横にただ座っている形をした人影。
ぱたんと軽い音をたて戸を閉めた。


「こんな夜分にすみませんね。」


事の成を説明し、事情を話す。
その間、目の前の人物はここに座れというかのように座布団を出し、静かに聞いていた。
それに腰掛け、胡坐をかく。


「それで、あんたはなぜこんな夜更けまで起きているんだ?」
「…少し考え事をしておりました。」


弱々しい声に辛そうな顔。
あまり良くないことを考えていたなど俺でなくても誰でも簡単に察知できるだろう。
その内容が何だったのか口に出しては聞かないが、興味本位で知りたいと思っていた俺は目で訴えていた。。
それに気付いたのかこいつは苦く笑い、一つ大きく息を吸い込んだ。


「このような夜は思い出します、武田の頃を。」


ゆっくりと紡がれた言葉は少し震えているように聞こえた。
なるほどな、と俺は納得をする。
武田時代の頃を思い出し、寝れなかったのだろう。
暗くなっているのは、辛いことを思い出していたに違いない。
確かに、最後の戦は俺でも二度と体験したくない思い出だ。


「だが、もう過ぎたことだ。」


あんたが気に病む必要はない、そう言えば目の前の人物は首を小さく横に振った。
違うのです、と小さく言った。


「私とて過ぎたことを悔やんでもどうすることも出来ないくらいわかっております。」
「なら何を考えてそう暗くなるんだ?」
「それは…同じようなことがまた起きたら…と。」


最後は消えるような声だった。
それを聞いた俺は盛大な溜息を付く。
そんな俺に俯いている肩がビクッと大きく動いた。


「終いには怒りますよ?」


何の為に戦をしているのか。
勝つ為、皆が笑って暮らせる世を作る為じゃないのか。
頭を抱えながら、口には出さず胸の中で思う。
もう一回溜息を吐いた後、ちらりと目を向けると罰の悪そうな顔をしていた。


「わかっています。わかってはいるのです。」


ですが頭の中でどうしても不安になってしまう、と嘆いた。
その姿が痛々しく俺の顔が歪む。
その不安とやらを取り除いてやりたい。
だがどうやって…。
先程よりも床に近づいている頭を見つめ、手を伸ばした。
くしゃ、と思っていたよりも柔らかかった髪に指を絡ませる。
不意の事に驚いたのか、下を向いていた顔が俺の顔を見る。
今にも泣きそうな目をしていた。


「あんたの不安が取れるかわからないが、この左近、あんたが望むならいくらでも力になりましょう。」
「左近殿。」
「泣きたい時、辛い時、一人になりたくない時、左近の名を呼べばいい。」


我慢しなくていいから、と言葉にしようとした瞬間、体全体にずしりと重い衝撃が襲った。
俺の胸辺りに旋毛が見え、腰辺りにはぎゅっと力の入った腕が巻き付いている。
多少の驚きがあったものの、やれやれといった具合で頭を撫でてやった。
反対側の空いた手であやすように背も撫でる。
腕の中で小さく上下に動く肩が見えた。


「あんたが辛いと俺も辛いんだ、幸村。」


別に小さな声にしなくてもいいのだが、耳に近づけ囁くように言ってみる。
こくん、と一つ頭が揺れる。
そして、ありがとう、と聞こえた。





あぁ可愛い、と不謹慎にも思った俺は腕に力を込めてやった。




















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