ことん、と握っていた筆を机に置く。 一つ溜息を吐いて、終わったな、と言葉を洩らした。 ふと、空気の冷たさに気付き立ち上がり、襖を開る。 広がる庭へ目をやれば、しとしとと雨が降っていた。 |
「何をお考えでいますか。」 縁側で壁に背を預け空を眺めていた時横に人の気配が出来、声がした。 こんにちわ三成殿、と顔を向ければ幸村で、にこっと顔には笑顔を浮かべている。 あぁ、と返事を三成が返す中、幸村は隣へ腰を降ろしていた。 「それで、何をお考えですか?」 「雨が降っているから見ていただけだ。」 三成の言葉で幸村も空に顔を向ける。 どんよりとしている空からは幾つもの水滴が落ちていて、止む気配は見えない。 そんな空を二人は一緒に眺めていた。 ふと、視線に気付き三成は幸村に顔を向ける。 瞬時に目線が合った。 どうした、と問えば、いいえ、と頭を幸村は振る。 そうか、と三成は視線を戻し、幸村も庭へと戻した。 小さく、淋しそうだ、と声がしたような気がしたが、雨の音で掻き消される。 それから、また二人は暫し雨を眺めた。 「雨は‥‥‥お嫌いですか?」 「何でだ?」 「いえ、なんとなく。」 目を伏せながら、幸村は軽く頭を振った。 なんとも言えない雰囲気になり、二人とも口を瞑る。 しばらくその空気が流れた。 「あまり、好きではないな。」 先に口を開いたのは三成で、小さな溜息とこれまた小さな声がした。 空を見ていた幸村はゆっくりと三成を向き、また空へと顔を戻す。 「わからなくは無い、です。」 三成がどういった理由で嫌いなのかはわからないが、わからなくは無いと幸村は言った。 現に雨が嫌いだという人間は多数いることだろう。 はにかみながら答えた。 そして、私は嫌いではありません、と幸村は続ける。 空を見ていた三成は幸村へと顔を向け、何故だという視線を送った。 それに幸村は柔らかな笑顔を返す。 「雨を見ていると何もかも、嫌な事まで流してくれるような気になります。」 実際は流れませんが、とはみかみながら言えば三成は苦笑いを作った。 「それに雨の後のあの空気がとても好きなのです。」 「空気?」 「はい。」 とても澄んでいてこれこそ気持ちが晴れるようです、と言いながら幸村は腰を上げた。 縁側の淵まで移動し軒から腕を伸ばす。 ぽつぽつ、と手の上に雨が降り、それがまた幸村の手から地面へと落ちていった。 「それに、嫌いな物より好きな物が多い方が毎日楽しく過ごせますし。」 「‥‥‥俺には到底考え付かない事だな。」 腰をあげ、ゆっくりと幸村の横に並び耳を傾けた。 雨の降る音がポツポツと聞こえてくる。 「俺は、雨を好きになれだろうか。」 「なれます、三成殿なら。」 そうだといいが、と思いながら幸村にゆっくりと向けばにっこりと、溶けてしまいそうに微笑んでいた。 お前が隣にずっといるならば、好きになれるかもしれない。 降り続く音を耳に入れ、頭の中で幸村の優しい声を反芻させ、そんなことを思いながら三成は空を見上げる。 視界の隅では雲と雲の隙間を明るく、太陽の光が射していた。 |