戦国

□生きる理由
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「俺が死んだら‥‥‥か。」


用意された部屋の中、蝋に明かりが灯されている横に座り、俺は今日あった出来事を思い出していた。
救出された俺、助けにきてくれた友。
傷を負いながらも他人の命を最優先し、自分の命は後回し。
ふざけるな、と拳を作り床へ叩きつけた。
何が友だ、何が義だ。
大事なのは俺も一緒なのだ。
俺の為に傷付いてまでして、命を投げ出す真似をする。
もう一度、ふざけるなと床を叩いた。
だから逆に不安になる。
だからあんな言葉を吐いた。
俺が死んだら‥‥‥お前はどうなる、幸村。
義に友の為に生きているお前は考えたこと無いのだろうか。
今生きている世界では、いつ起きても可笑しくないというのに。
人など、いつどこでどうやって死ぬかもわからないのに。
今回みたいに俺には沢山の敵がいる。
常に命狙われている存在の俺なんかは本気でわからない。
明日には死んでいるかもしれない、こんな事を考えているうちに死ぬかもしれないのだ。
命を掛け、己が信じたものの為に懸命になる。
だがその信じていたものが無くなれば、どうなるのだろうか。
あいつは一度無くした。
主を亡くし戦に負け、生きる理由を無くした。
俺はその時の状態を見たわけではないからわからないが、脱け殻、という言葉が当てはまるらしい。
いつものような覇気はなく、瞳には力が無い。
食事もままならない、返事は無い。
その姿を頭の中に描いてみて、直ぐ様かぶりを振った。
そんな姿は見たくない。
否、俺の死で脱け殻になるのだから俺は見ることは出来ないか。
矛盾してしまった考えに小さな笑いが出た。
そして思った。
もし俺が死んだらあいつは脱け殻になる、では逆はどうだろうか。
あいつが死に、俺は生きる。
ふと、考えてみた。
だが全く想像つかない。
ありえない、と思った。
俺の側にはあいつがいる、それは変わらない。
そう、変わらないのだ。
友情を誓い合ったあの日からずっと、これから築きあげる未来にも俺の横にいなければならないのだ。
だから死ぬなんて許さない。
俺の為に命を投げ出すことも許さない。
勿論、俺は死なない。
まだやり残した事があるのだ。


「許さないぞ、幸村。」





着々と家康との戦いの準備が進む。
毎日、様々な雑務に追われ忙しい日々を送っていた。
そんな中、俺の部屋へドタドタと廊下を大きく鳴らし近づいてくる数人の足音。
煩い、と思いながら戸が開くのを眺めていた。
礼儀も何もないように雑に戸が開けられ、出てきたのは俺の親しい人物。
何か文句の一つでも言ってやろうと思っていた俺は、その人物のあまりにも切羽詰まった様子に顔を顰めた。
一体何があったのだろうか。
伝えられようとする言葉に胸騒ぎを覚えた。
そして知らず知らずに、ツゥと一つ、額から嫌な汗が流れ落ちた。





礼儀なんて知ったものか、騒がしいと思われても構わない。
早く、早く確かめなければ、その一心で走った。
俺の重さで軋む回廊。
数ある部屋の中で目指していた戸の前に辿り着き、勢いだけでそれを開けた。
部屋の中には布団が敷かれ、その上で痛々しく全身に傷を負い横になっている友の姿が目に入る。
まだ戸に手を掛けていた俺はそれを見た瞬間、力が入らなくなりずるりと腕が下へ落ちた。
そのままずるずると地を這うように足を動かし距離を縮める。
信じられない気持ちで、だが目の前の姿が現実で。
震えが止まらない。
寝ている横にぺたりと座り小さく名を呼んだ。


「ゆきむ、ら?」


だが返事はなく、ぴくりとも動かない。
途端、息をしていないのかもしれないと思い顔の前に手をやった。
微かに生暖かい風を感じる。
だが俺は掌に当たる息だけでは足りず、首に、手首に指を這わせ脈を確かめた。
そして布団を剥ぎ、上下する胸に耳を当てる。
どくん、どくん、小さいながらも確かに聞こえる鼓動にやっと生きていることを知ったような、妙な安心感を得た。
良かった、そんな言葉が頭を過る。
じわり、と目が熱くなった。
俺にも涙があるのか、と変な事を考え、だが流さまいと顔を上げ目を擦る。
指が少し濡れた。
視線を幸村に戻し、再び傷だらけの体を眺めた。
自分には何もないのに、幸村の傷の痛みがまるで移ったかのように体中が痛みだす。
ふと幸村の手が目に入り、それを掴む。
起こさないように、痛みを生じないようにするつもりだったのだが、何でこんな事になったんだ、と考えてしまい握っている手に力が入ってしまった。
ぴくり、と動く体。
やってしまった、と思っても遅い。
幸村を見ればゆっくりと、閉じていた瞳が開いた。


「幸村!」
「‥‥‥り、どの。」


唇は動くものの、うまく言葉を発する事が出来ないらしく擦れた声をしていた。
そして起き上がろうとしているのか、片腕を布団へ付いて体を支えるような形になっている。
しかし直ぐに低い唸り声が聞こえ、同時に痛みからそれを崩されていた。
無理はするな、とやんわりと肩に手を置こうとし、傷が見え躊躇ってしまう。
幸村は俺のしたい事がわかったらしく、おとなしく布団へと倒れた。
息を付き布団を被せる。
ありがとうございます、と口が動いた。
気にするな、という意味で俺は首を横に振る。
そしてこの部屋に来て初めて桶があり水があることに気付いた。
手ぬぐいが枕の横に落ちている。
それを手に取り、水へ浸した。
乾いていた布が濡れ、滴り落ちる。
ぼたぼたと落ちなくなるまで絞り、幸村の額にゆっくり乗せた。
額に感じた冷たさが気持ち良かったのか、少し幸村の顔が緩んだ気がする。
一体どれくらい熱があるのだろうか、と露になっている頬へと手をやってみた。
傷から生まれる熱とはこんなに熱いのか、と強い衝撃を受け、同時に幸村は今どれくらい辛いのだろうかと考えた。
ふいに自分の頬に暖かい熱い物が触れる。


「泣か、ないでください。」
「え?」


先程よりははっきりと、しかし弱々しく声がした。
それについ自分の口から声が漏れる。
再び、泣かないでください、と声がし、頬の暖かい物がゆっくり動いた。
これは幸村の手だったのか、とそれに自分の手を重ねて理解する。
そして幸村の言う通り、俺は泣いていた。
熱い幸村の手から自分の手へ流れる涙に驚く。
なぜ泣いているのだろう、と頭の中で考えながら幸村と視線を合わせた。


「なぜ、そんな平気そうな‥‥‥顔を。」


傷だらけで、熱があり体の自由が利かない。
なのに何故幸村は俺に微笑んでいられる。
痛い、と感じているだろうに。
視線を外せないまま、幸村の手をぎゅっと握った。


「三成殿こそ、なぜ、泣いているのです?」
「お前が、幸村が馬鹿だからだ。」


ぽたりぽたり、と流す涙は止まらずにいる。
流れては床へ消え、また流れては消えていった。


「なぜ、命を大事にしない。」
「私は、大事に大切に、しています。」


ならばなぜこのような傷を作った、と叫びそうになった。
俺を嫌う輩から幸村は襲われた。
それ以上のことは詳しくは耳にしていない。
その言葉を聞いただけで俺は自室を飛び出し、ここに来た。
信じられない気持ちと怒りとが入り交じる。
自分の所為で幸村は傷を負ったのだ。


「俺の、所為だ。」


幸村は首を横に振る。
それに対し、俺も横に振り返した。
俺の所為だ、ともう一度言う。
幸村は直ぐ様、違います、と返した。


「この傷は、私の、力不足からなるものです。」
「そんなことは。」
「いえ、まだ残党もいるかもしれないのに、まともな格好も、せずに、出掛けた。」


私の考えが浅はかです、と幸村は笑った。
でも直ぐに辛そうな顔をする。
俺は傷の痛みで顔を歪めたのかと手を離し、前屈みになった。


「幸村、どこが痛むのだ?」
「‥‥‥心が、三成殿の、心が痛んで、います。」


一度離れた幸村の手が再び俺の頬を触れる。


「私が、こんな傷を負って、三成殿の心が痛いと、泣いています。」
「それはお前が自身を俺の為に投げ出そうとするから、だ。」


頼むから俺の為に命を投げ出すな、懇願するように呟く。
くしゃりと幸村は笑った。


「私は、いつも、自分のしたいように、してきました。それは今も、変わりません。」
「‥‥‥ゆきむら。」
「私は、信じた事、信じた者の為にしか、動きません。」


だから覚えていてください、と頬を優しく撫でられた。
俺も触れたくなり、幸村の頬へと手を伸ばす。
触れた指先から、触れた部分から熱が伝わってきた。


「私は、信じているのです。あなたとの、未来、を見たいのです。」


段々と小さくなる言葉。
言葉の後、ゆっくりと幸村の目蓋が閉じ、ズッと腕が落ちる。
突然の事で驚いた俺は、それが眠りに就いたのだと気付くのに時間が経った。
幸村、と名前を呼んでみて耳をすましてみる。
息苦しそうだが寝息が聞こえ安堵の溜息を洩らした。
額に掛かっている前髪を掬い、そのまま軽く撫でてみる。
思っていたよりも髪の毛は堅くなかった。


「俺は死なない。」


俺にはやらなければならないこと、やりたいことがあるのだ。
信じてくれる者がいる、信じている未来がある。
それを一緒に見るまでは死ねないのだ。
だから‥‥‥覚えていろ。


「お前も死ぬな、幸村。」


そう、寝ている幸村に言葉を掛けた。





はい、と唇が動いたように見えたのは、気のせいでは無いはずだ。












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