戦国

□天体観測 - 後編 -
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武田は上洛中に大きな存在を失った。
俺は勿論の事、皆、悲しみ苦しんだ。
誰よりも尊敬をし敬愛していた幸村は相当落ち込んでいるだろう、と自分からは関わり合いを持とうとしないくせに心配をする。
なんとも身勝手だな、と思いながらも想い人の悲しむ姿は見たくないわけで。
だがそんな俺の心配も虚しく、以外にも幸村はけろっとしていた。
していたのか、しているのか、よくわからないが見た感じだと気丈に振る舞っていた。
信玄公を失ってもその意志は失わず、未来を見つめている。
信じて疑ってない、幸村の瞳からはまだその灯火は消えていない。
あぁ、お前は強い。
武田にいる理由が消えた俺はもう長くはここにはいない。
俺がいなくても大丈夫だな、とまるで今まで守ってきたかのような考えにはっと鼻で笑った。



























そして始まる織田信長との戦い。
容赦なく浴びさせられる無数の鉄砲に、さすがに死を覚悟したほうが良いか、と俺は逃げ惑った。
仲間が、見知った顔が倒れていく。
逃げながら、生きることに執着しながら考えるのは幸村の事だった。
無数の転がっている人の中にその顔がないかと不安になりながら遠くへ、少しでも安全な場所へ足を動かす。
頼むから無事で生きていてくれ、幸村。
願いながら後悔をしながら、自分の体だけで精一杯な俺に悔しさを覚えた。





‥‥‥気付けば無数の傷を負いながらも俺は生きていた。
辺りはシンとしていて追っ手が来ていない事を知る。
途端、足に力が入らなくなりガクンと地面へと座った。
安心と恐怖で体が震える。
他の奴らはどうしているだろうか、幸村は無事だろうか。
頭ではさっきの地獄が思い出され、片隅で無理だ諦めろと声が聞こえた。
地面に黒い染みが出来、徐々に大きくなる。
自分の頬に流れている涙でそうなっているのだと気付いた時、俺は嗚咽を盛らした。
泣き崩れ、地面を叩きつける。
その手がジンジンと痛みだし、一緒に身体中が痛みだす。
ぐしゃり、と爪の間にも入り込むくらい土を握った。


「‥‥‥っ幸村!」


悲鳴に似た声で今会うことの、否、今後会うことがないかもしれない名前を呼んだ。
切なさと悔しさ、愛しさが込み上げてくる。
あの時逃げずに探せばよかった、あの時逃げずに話をすればよかった。
後悔ばかりが俺を押し寄せる。
伝えることの出来なかった言葉と一緒に、もう一度だけ名前を呼んだ。


辺りの木々が、風に揺れる音だけが返事をしてくれた。





それから俺は色々あって、今は石田三成という人を殿と仰いで生きていた。
今の世は天下が統一される目前。
忙しい毎日を送っていた。
だがどんなに忙しくても、どんなに疲れていても俺は止めなかった。
俺は床に就く前に必ずやることがある。
暗闇の中、蝋を灯し筆を握る。
月明かりが部屋へと差し込んでくる。
俺は文を書いていた。
あれから、地獄の戦いから忘れようにも忘れられぬ思い。
留まることを知らず溢れていくばかりの俺の心。
行き場のないそれを、いつしか俺は文字というものに置き換えていた。
俺は元気でやっているがお前はどうだ?
お約束のように最初はこう綴る。
それから今日あった出来事を書いていく。
まるで日記みたいだ、と筆に墨を付け直し笑った。
日記でも何でもいい。
お前には何もかも、俺の感じた事は知って欲しいんだ。
後悔しないように、あんな痛い思いをしないように。
そうしていくうちに宛名の無いそれは、積み重ねれば崩れ落ちるほどまで増えた。
この山を見る度に思い知らされる時間。
その度に胸が締め付けられた。
だからそんな時は外へ出る。
空を見上げ星を見て、探した。
お前が俺に見せたかったモノ。
見つけたらお前と再び会える気がして、必死になって探した。
なんてモノに頼ってんだ、と思いながらいつも溜息を吐いていた。
今日も今日とて星を眺めながら同じ事をする。
何も知らない、いや全て知っているかもしれない星々は目に染みるほど光輝いていた。





どこか虚無感があることを否めない、そんな俺になぜかいつもと違う事が起きるような、そんな胸騒ぎがした。
朝からなぜかわからないが、血が騒いでいた。
落ち着かない時間を過ごす。
だがそれは前兆にしかすぎず、あとになって理由を知ることとなる。





徐々に過ごしやすくなる時間、この胸騒ぎをどうにか静めようと俺は鍛練場へと足を運んだ。
体を動かせば治ると思ったのと、最近は執務ばかりで腕が鈍ってはいないか心配になったというのもある。
もう直ぐ日も落ち、夕飯も近いというのにガヤガヤと今だに人で溢れかえっている鍛練場。
開き切っている戸を前に、土地は違えどあの時ここで酒を一緒に呑んだな、と思い出し小さく笑い、小さく心を痛めた。
誰か俺の相手をしてくれる奴はいないかと場内を見回す。
皆、汗だくになりながら少しでも強くなろうと必死だった。
それらの中の一人に俺は視線を止めた。
背中しか見えないが、俺は目を見開いた。
そっくりだった。
武器を持つ手の型、振る舞う動作、上下に揺らす息遣い。
頭の中に鮮明に思い出される姿。
嘘だろ、と小さく呟き背中を見つめる。
今まで煩かった外野の声が耳に入ってこなくなった。
見つめる先だけ鮮やかに見え、周りは霞んでいる。
呼吸もままならない、気のせいだろうか微かに手足が震えている。
そんな足で俺はその背中に近づこうと一歩踏み出した。


「左近ではないか。」


その声で体中の感覚が一気に引き戻された。
ビクッと悪いことをしたわけでもないのに過剰に反応してしまう。
振り替えれば殿が俺の後ろに立っていた。


「珍しいな、お前がここにいるなんて。」
「そういう殿こそ、ここへ来られるとは思いもしませんでしたよ。」
「俺は用事があるから来たまでだ。」


用事とはなんだろうか、と思いながらも目の端にチラチラと背中を捕らえる。
丁度終わったのか今組み合っていた相手に頭を下げているところだった。


「あぁ、丁度終わったところだな。」


こっちを向いたら顔を確認できる、など考えていた俺の横で殿がそう言い放った。
目線には同じ人物がいる。
お前にも紹介してやろう、と只でさえ驚いている俺を益々驚かした。
殿が名前を呼ぶ。
俺の頭の中で繰り返されていた文字を綴った。
呼ばれた背中はゆっくりとこっちを振り返り、声の主の姿を確認するとにっこりと笑いながら近づいてくる。
やばい、非常にやばい。
血が、体が壊れるかというくらい騒ぎだした。
短くなっていく距離と比例して心臓が高鳴る。
まさかこんなところで出会うことになるとは思っていなかった。
俺のことを覚えているだろうか、覚えてなかったらどうしようか、など子供じみた考えをしながらやはり不安になる。
こんにちわ三成殿、と懐かしい声で目の前で挨拶をした。
額に薄らと汗を掻いている。
そして俺にもこんにちわ、と懐かしく挨拶をした。


「毎日、精が出るな幸村。」
「私にはこれしかありませんから。」


取り留めのない会話が繰り広げられる。
今、目の前にいる幸村が信じられなく俺は凝視していた。
それに気付いた殿は不思議そうな顔をした後、そういえばと気付いたように幸村に向き直す。
多分、俺が幸村を誰なんだろうと眺めているように見えたのだろう。
紹介しよう、と簡単な俺の話をした。
不安を抱えたままくすぐったい気持ちになる。
殿の言葉を最後まで聞いた幸村は良かった、と胸に手を当て俺の方へと体の向きを変えた。


「やはり左近殿だったのですね。」


良かった、ともう一度言った。


「なんだ、知り合いなのか?」
「はい、武田の時に短いながらとてもお世話になりました。」
「あぁ、そういえばお前も武田に世話になっていたのだったな。」
「えぇ、まぁ。」


幸村が俺の事を覚えてくれたのがこんなに嬉しいとは思わなかった。
俺は言葉には出さないが心の中で、良かったと胸を撫で下ろす。
幸村は殿に武田の頃の話を交えながら、俺にお元気そうで何よりです、などの言葉をくれた。
それに簡単な返事をしながら、今起こっている事は夢ではないかと疑ってしまうほど喜びに満ちていた。
そのまま三人で会話を進める、と言っても殆ど俺は口を開いていない。
目に焼き付けるかのように、心に刻むように、ずっと幸村を見ていたのだから。



















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