戦国

□純情な感情
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秀吉様に呼ばれその帰り、自室へと向かう俺の耳に入る声。
庭からか、と目を向ければ幸村の背中と武蔵の姿があった。
楽しそうに、仲良さそうに話をしている二人に俺の視線は鋭いモノとなっていく。
話に交ざるつもりはないが、何を話しているのか気になる。
しばらく耳を傾けていると‥‥‥二人だけではない、ワン、と犬の声が聞こえてきた。
よく見れば足元をちょろちょろと歩いている茶色い犬がいる。
と、幸村が俺の視界から消えた。
あぁ、しゃがんだだけか。
だが実に腹立たしい。
幸村が見えなくなった事でこのように気分が悪くなるとは思わなかった。
先程までは平気だったのに、一度目に入れると駄目なようだ。
多分犬とじゃれているであろう。
俺は自然と足が動き出していた。



























地面へとしゃがみ犬の腹を撫でている幸村を視界に入れつつ近づく。
俺に背を向けるような形の幸村は近づいている事に気付かない。
逆に気付いているのは武蔵と犬だった。
武蔵が俺を見つけるや否や顔を引きつらせる。
犬はワンと一回、俺に吠えた。
その様子を見ていた幸村は振り向き、やっと俺の存在に気付いた。


「三成殿!どうしてこちらへ?」
「お前の声がしたからな。」


気になって来てみた、と言えば途端に幸村の顔には笑みが零れた。
俺もその顔で自然と笑みになる。
そして直ぐ様、邪魔だと視線だけで武蔵に送った。
その視線に気付いたヤツは益々顔を引きつらせ、しどろもどろになりながら幸村に別れを告げこの場から去っていく。
おい武蔵、と幸村は呼び止めようとしたが聞こえてなかったのか、振り向きもしなかった。


「何なんだ、あいつは。」
「放ておけ、幸村。」


案外理解の早いヤツで助かったな。
やっと邪魔者がいなくなった、と消えていった方向へ気付かれないように小さく笑ってやった。
だが幸村は放ておけと言ったにも関わらず気になるようで、不思議そうな顔をしている。
俺がいるのだからいい加減こっちを向け、と思っていた時、巧い具合に犬が吠えた。


「そういえばこの犬はなんだ?」
「実は武蔵の後を付いて来たらしいのです。」


野良なのか飼い主がいるのかもわからないらしい。
どうするか話をしていたのです、と幸村は犬の頭をわしわしと撫でた。
犬は遊んでもらえると思ったのか尾を振りながら戯れついている。
それに答えるように幸村も構っていた。
くすぐったいぞ、と笑っているその姿はなんとも微笑ましく、なんとも‥‥‥。


「可愛いらしいな。」
「はい!ありがとうございます!」


とても可愛いですよね、と俺の言葉に幸村は満面の笑みを浮かべる。
よかったなぁ、と犬に向けて言葉を掛けていた。
俺はお前の事を言ったつもりだが、と気付いてもらえない事に小さく溜息を吐く。
そんな俺に幸村は、どうしたのだろう、というような顔をして見上げる。
途端、意地悪をしたくなった。


「なぁ、幸村。」


一緒になってしゃがみこみ、今は腹を出している犬を撫でる。
幸村は目線を目の前の茶色い動物に向けられたまま、返事を俺に返した。


「今から敬語で喋るな。」
「えっ?それはどういう意味で?」
「そのままの意味だ。」


俺に『殿』を付けるな、返事の『はい』も駄目だ、『です』『ます』も許さん。
そう言ってやれば、聞いていた幸村はパチパチと目を閉じたり開いたりしていた。
どうしていいかわからない、そんな感じだ。


「さぁ、何か話してみろ。」
「と、言われまし‥‥‥。」
「それも駄目だ。」


途中で口を挟み幸村の言葉を制止する。
どうしよう、と幸村は小さな声でぶつぶつと呟きだした。
言いたい事とかを話せ、と眠りだした犬を一人撫でながら告げる。
幸村は益々困り果てたように呟いていた。
暫しの沈黙が流れる。
やっと決心したのか握り拳を作り、よしっ、とこれまた小さな声を出した。
地面に向けていた顔を俺の方へ向け、何かを発しようと口を開ける。


「あ、あの、その‥‥‥み、み。」


言葉にならない声を出しながら幸村の顔は次第に赤くしていった。
見ていて可愛いな、とも思えば面白いとも思う。
きっと今の俺は締まりのない顔をしているのだろうと思った。


「み、三成‥‥‥す、好きだっ!」
「なっ!」


目を力強く瞑り息を切らしている幸村だが、俺は逆に目を見開き息をするのも忘れそうだった。
何と言った?
俺は今、幸村の声をどう聞いた?
空耳かと疑いたくなる。


「あの、三成ど‥‥‥じゃなかった、みつな‥‥。」
「もう良い、幸村。」


俺は再び幸村の言葉を制止した。
そして普段の喋りへ戻ってくれ、と頼んだ。


「幸村、先の言ったことは‥‥‥。」
「三成殿が言いたいことを、と申したので。」


驚きと嬉しさと、様々な感情が入り交じりなんと言えばいいのかわからない。
頭の中では先程の言葉が反芻し、グルグルと幸村の姿が巡っている。
徐々に熱くなる俺の顔。
ちらりと幸村に目をやれば顔は赤いまま、恥ずかしさからなのか目は伏せており手は犬の足の肉球を触っていた。


「それで、あの、三成殿のお気持ちを‥‥‥。」


教えていただければ、と最後はか細く言った。
気持ちなど、決まっている。


「俺も幸村が‥‥‥好きだ。」


未だ犬を触っている幸村の手を掴む。
一瞬、びくっと反応したが、直ぐ様、俺の手を握り返してくれた。
自棄に煩い心臓の音がこの手から伝わってしまうのでは、というくらい俺達の手は熱かった。





全てはこの犬のお陰だと思い心の中で感謝をしながら撫でる。
だが悪いな。
俺の横でお前を可愛がる幸村の方が何倍も可愛いと、俺は‥‥‥思うのだった。












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