戦国

□丘の上で
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辺りがシンと静まり返っている夜、兼続はなかなか寝付けないでいた。
外の空気を吸おうと部屋から出ようと体を起こす。
襖を開ければねっとりとした空気が体全体を覆った。
薄気味悪い夜だ、と空を見上げれば黄色く輝く月が自棄に大きく見える。
十六夜か、と月に顔を向けながら兼続は違和感を覚えた。
風が吹いていない。
そう、風を全く感じられないのだ。
本当に不気味な夜だ、と兼続は早く床に就こうと向きを変えた。
その時、兼続の目の端に赤い光が飛び込んでくる。
なんだ、と思い目を凝らしめて見ると何やら人が歩いていた。


「あれは‥‥‥幸村ではないか?」


ぼんやりと火の明かりで見えるくらいだが、間違いない。
幸村が一人でこんな遅い時間に、しかも兼続曰く不気味な夜に歩いていた。
一体どこへ行こうというのだろうか。
ざわざわと兼続の胸が騒めく。
嫌な予感がする、と兼続は急いで幸村の後を付いて行った。



























一定の距離を保ちながら、ゆらゆらと揺れる炎を目印に兼続は暗闇の中歩いていた。
どこまで幸村は行くのだろう、と不思議に思いながら見つからないように付いていく。
確かこの先には見晴らしの良い丘がある。
そこへ行くのだろう、何事もなければいいが、と不安な気持ちを抱えた。
ガサッと地に生えた草を踏んだ。
木々に囲まれていた視界が一気に晴れ、月が浮かんでいる空が広がる。
目の前には丘の上で一人佇む幸村の姿があった。
幸村は何をするわけでもなく、じっとその月を見つめている。
兼続もただ静かに幸村を見つめていた。
本当に静かで不気味な夜だった。
たまに聞こえてくる梟の鳴き声が自棄に耳に残る。
時折、月が雲と重なり影を作る。
時間は経っているのだと、小さな安心をした。


「‥つ‥‥りどの。」


離れている所為でもあるし、空を見上げていて意識をそちらに集中していた所為でもある。
小さく微かにだが兼続の耳に幸村の声が聞こえた。
何と言ったのか良く聞き取れない。
こんなに静かな夜なのだ。
兼続はもう他を見ることはなく、ただ幸村の方へと集中させた。


「お久しぶりです、三成殿。」


小さな声だったが、ちゃんと聞き取れることができ胸を撫で下ろす。
だがどういうことだろうか?
三成はこの世にはいない。
生前に何かあったのだろう、と考える兼続を余所に幸村は語り掛けるかのように月に視線を送っていた。


「三成殿、遅くなりましたが今日は約束を。あの日、貴方に言われた通り、十六夜の日に私はお返事をしとうございます。貴方と別れ、貴方がいなくなり、私の心には何かが欠如しました。それが何かと聞かれても上手く答えることは出来ません。ですが、日に日に思うのです。‥‥‥貴方に会いたいと。私は貴方をお慕いもうしあげております。」


普段と変わらぬ様な声だがやはりどこか悲しそうに聞こえ、兼続は胸が締め付けられる。
何をしてやることも出来ない事に苛立ち、それを他にぶつける事も出来ない。
兼続はただ幸村を見つめることしか出来なかった。


「あの日、十六夜の下で貴方の想いを私は受け止める事が出来なかった。きっとあの時、いえ、それよりも前から貴方に惹かれていたのかもしれません。ただ、それに気付くのが遅かった。愚かだと申してください。‥‥‥本当に私は‥‥‥愚か者です。」


ゆらり、と幸村が一歩ずつ歩きだした。
顔は月に向けたまま、両手は地面へと向けたまま足だけが動く。
そして幸村は泣き叫ぶように声を天に向けた。


「貴方に、三成殿にお会いしたいのです!三成殿のお顔を拝見したいのです!ただ名前を、幸村と呼んでくださるだけで良いのです!貴方の声で私の名を呼んでくださいっ!」


兼続は居た堪れなくなり、顔を歪ませ、幸村の元へと走った。
走って背後から抱き締め、その衝動で地面へドカッと尻餅を付く。
それでも猶も幸村は叫び続けた。
三成の名を呼び続けた。


「夢でも良いのです。三成殿にお会いできるならどこでも良いのです。なのに、なぜですか?夢ですらそれは願わないのですか?あの時の言葉は偽りだったのですか!偽りでないなら会いに来てください。お願いです、三成殿。貴方に‥‥‥会いたい。会いたいのです!」


ぎゅっと幸村を抱く手に力が入る。
兼続の腕はポタポタと涙で濡れていき、幸村が泣いているとわかった。
いや、もしかしたら兼続自身の涙かもしれない。
どうすることも出来ない歯痒さと切なさとが入り交じり、目を押しつけるように幸村の肩に埋めた。


「好きなのです。三成殿を愛しているのです。」


幸村は十六夜へ何度も言い放った。
只只その声を聞きながら、兼続は力一杯抱き締めることしか出来なかった。





どれくらい時がたったのかわからない。
月は、三成を思わせる月はかなり傾いていた。
兼続の腕の中、幸村は凭れ掛かるように眠っていた。
今は兼続が幸村の変わりに月を見る。


「三成、お前はなぜ‥‥‥。」


幸村を残して死んだ、と言おうとして止めた。
今更口にしてもどうすることも出来ないからだ。
首を横に振り、小さく溜息をつき、再び月へと仰いだ。


「今度はお前と私とで約束をしよう。」


幸村は私が守る、と兼続は十六夜へと三成へと誓った。
その時、今まで吹かなかった風が二人の頬を掠め、通り過ぎて行く。


『幸村を、頼む。』


その風と共に三成の言葉が、声が聞こえたような気がした。


「あぁ、必ず。」


腕に力を込め、顔を幸村の髪へと埋める。
兼続の頬に一筋の涙が流れ、再び風が優しく吹いた。




















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