足音が近くに聞こえ始めてくる。
彼が近づいてきている証拠だ。
見つからないように逃げなくては。
地下の駐車場の中で息を潜め、辺りをキョロキョロと見渡す。
どうして逃げているのだろう。
よく分からない。
何故逃げなければいけないのか、それすらも思い出せない。
ただ、彼に捕まらないように逃げなくてはいけなかった。
野外からの光が入らない地下の駐車場。
人工的な光が心細く周囲を照らし出している。
現在の時刻すらも分からない。
足音が途絶えた。
気配を探ろうにも相手も気配を消しているのだろう、彼が何処に居るのか掴めない。
柱の陰から顔を出し、移動先に彼が居ないことを確認する。
走り出そうとしたその時、誰かが両腕を掴んでそれを阻止した。
「逃げてんじゃねぇよ」
腕を掴んだ張本人。
それは、逃げていた原因の人物。
「跡部───」
いつの間に目の前に回り込んでいたのだろう。
不意を衝かれ、驚きで声が出なかった。
辛うじて出されたのは彼の名前。
「逃げんなよ…」
掴まれた腕が痛い。
今まで見たこともない辛そうな跡部の表情に息を呑む。
泣き出しそうな、思い詰めた跡部の表情。
逃げ出そうとしていた足は、もう動かない。
ただ、その眼から逃げられなかった。
「───…っ…!?」
掴まれていた腕は解放されたが、それに変わって束縛される身体。
同時に唇に触れる柔らかい感触。
ほんの少し濡れている跡部の唇は自分より体温が低いのか、温もりを感じなかった。
だが、抱きしめられた身体は温かかった。
「逃げんな…」
呪文のような彼の言葉。
どれくらいの時間、唇を触れ合わせていたのだろう。
もう、逃げ出す気など失せていた。
ただ辛そうな彼の顔が、今でも忘れられない───。
2006年08月30日に実際に見た夢(苦笑)
ブログからの掘り出し物でした