一筆

□彼の人に纏わる・武田
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※英雄外伝※




 ああ、頭が眩む。熱いのだ。申し訳程度に灯る燭台の炎さえ、疎ましい程に。




 草に墓は要らないよ。

 そう、冗談めかして笑っていた。
 あれがいつの事だったのか、もう思い出せない。

「他国の忍と同行する運びとなった、との連絡が忍隊経由で伝わっていたのだ」

 鴉は山に――――

「そしてそれが、最後の通達であった」

 宵闇迫る、黄昏時。ねぐらの森へ群れを成して帰る鴉を、見留めては見つめる癖がついてしまった。
 あの群より外れ、こちらへ向かう一羽があるのではないかと――

「戻らなかった」

 鴉は……。

「戻らなかったのだ!」

 敵方に飼われていた鳥を、捕まえた。正しく、鳥だった。
 然し、この鳥は、鳴かない。

「……言え! 其方は……其方は知っているのであろう!?」

 鳴こうと、しない。

「答えよ! 何が、何があったのかを!」

 鳴かぬなら……。

「北条は陥ちた! もはや何の義理立ても要らぬであろう、傭兵よ!」
「よせ、幸村。死んでしまうぞ。ただ殺す為ならば連れてきた意味が無かろう」

 常は鼓舞の源である力強いその声が、冷や水となりて背を走る。
 俄かに抜けた力の先で、呻きも洩らさぬ鳥の呼気が細く聞こえた。

 殺気ばかりが身に募る。
 殺したくは、無いのに。
 恐らくは唯一の、生き証人を。

 普段は心地好い筈の熱さが、血脈の流れを狂わせる。肺臓に取り込んだ気を堰止める。湿りを帯びた気は重苦しい。淀んでいるのだ。
 籠目の結界、地階の獄。
 ここには、風が、吹かない。


「……っ……言、え! 言わぬか、言うのだ、言って、くれ……!」

 鳴け。
 鳴いて、くれ。




 ああ、これは、復讐なのか。
(どちらの?)








(鳥を失った主と、主を失った鳥と)

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

幸村と信玄と。
幸佐と言う訳ではありませんのでご安心を。……。


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