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□この体も、この温もりも、
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「ん…」


時計の短針は2を指している。ここ最近、真夜中に目を覚ましてしまうことが多い。昼間の書類整理で体は疲れきっている筈なのに、何故だか目が冴える。


(だけど今日は…)


夢を見た。冬獅郎がいなくなる。私に何も言わずに。不安を掻き消すことのできない私の足は、気づけば冬獅郎の自室の前まで来ていて。


「…冬獅郎、いる?」


私がそう呼びかけてからすぐに扉が開いた。任務で帰りが遅くなったのであろう、風呂に入っていたと思われる冬獅郎が、上半身裸で首にタオルを巻いた格好のままで出てきた。未だ見たことのない冬獅郎の胸板に、私は真っ赤になって目を逸らす。そんな私を見て冬獅郎は僅かに笑みを零すと、入れよ、と一言だけ言って私を中へ促した。


「どうしたんだよ、こんな時間に」


中にあったソファに座らされて、冬獅郎に問われる。


「なかなか寝付けなくて…ごめんね、疲れてるでしょ?」

「いや、気にするな。いつものことだ」


そう言って目の前の湯飲みを手に取る。先程、冬獅郎が自分で煎れたお茶だ。


「………」

「…なあ、」

「ん?」

「やっぱ何かあったろ」


何も、言えなくなる。実際のところ、何かあったといえばそうなのだが、なかったといえばなかったのだ。現実、冬獅郎は目の前にいるのだから。あくまでもあれは夢なのだ。


(ただの…夢、だ、)


信じたい、信じられない。ぎゅっと握った拳が、震える。


「…何があった…?」


優しく、優しく問いかける冬獅郎。


「…何も、ないよ…」

「嘘つけ」


そう言って優しく抱きしめてくれる。こんなに近くにいるのに、冬獅郎の腕の中にいるのに、掻き消されることのない言い知れぬ不安。


「冬獅郎は…私の前からいなくなったりしないよね…?」


冬獅郎の胸に顔を埋めたまま、問いかける。冬獅郎の表情は見えない。


「…当たり前だろ」


返事と同時に、抱きしめる腕に力が篭る。安心できる筈のその温かさも、今では不安を煽る材料でしかないのは、何故。


「…冬獅郎…!」

「…ああ」

「冬獅郎…!冬獅郎!」

「大丈夫だ。俺は、ここにいる」


強く、強く抱きしめられる。それに呼応して、私も冬獅郎の背中に回した腕に力を篭める。その強さの分だけ、不安が募っていくのは、何故。









しっかりと掴んで離さなかった筈のこの体も、この温もりも、

ほらね、やっぱりいなくなるの





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劇場版第二段ネタ。
 

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