零外伝〜繭に籠りて〜
□序章
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病室のクリーム色のカーテンが、柔らかな風にゆったりと揺れている。
窓際に置かれたベッドに俺は視線を落とした。
「お姉ちゃん……お姉ちゃん…………」
病院の清潔な真っ白いシーツの中、姪の澪がうわ言のように同じ言葉を繰り返していた。
あの日。
澪と双子の姉の繭は幼い頃によく遊んでいたという思い出の場所を訪れていた。
そこは近くに小川が流れる静かな沢で、二人だけの秘密の場所だったそうだ。
そして、繭だけが忽然といなくなってしまった。
あの場所で一体何があったのか……。
澪は記憶がひどく混乱しているようで、何を説明しても一向に要領を得ない。
澪が一人で倒れていた現場を中心に、警察や消防が数百人体制で捜索を行ったのだが、繭本人はおろか、手がかりらしいものすら見つけることが出来なかった。
あの日以来、繭は行方不明ということになっている。
澪の憔悴は激しく、あの日を境に心を閉ざすようになった。
そして、何かから逃げるように、深い眠りに落ちるようになっていった。
そんな澪の症状を姉から聞かされた俺は、すぐに独自に調査をしていた「眠りの家」という都市伝説のことを思い出した。
澪の症状は、話に聞く「眠りの家」に囚われてしまった人たちのそれと酷似していた。
それではやはり、澪は「眠りの家」に囚われてしまったのだろうか?
澪と繭が最後に訪れていた場所。
そこに何か手がかりがあるかもしれないと思った俺は、あの場所に関する古い文献や民間伝承なんかを片っ端から調べ上げた。
そうして、いくつかの興味深い情報を手に入れた。
あの土地には以前、皆神村と呼ばれる集落があり、そこでは宗教的な儀式が行われていたという。
この情報が失踪した繭の発見や、眠りに堕ちた澪の回復に直接繋がるかどうかは分からない。だが、他にもう手がかりはない。
夜、自宅に戻った俺は藁にもすがる思いで、匿名掲示板にこんなスレッドを立てた。
「皆神村の情報求む」と。
大まかな地域はおろか理由さえも書き込まなかったのは、中途半端な情報を与えた結果が招く情報の混乱を避けるためだ。
予想はしていたが反応は皆無に等しかった。意味不明なコピペや胡散臭い広告文ばかりが掲示板を流れていく。
そして数日後。
仕事の合間に掲示板を覗くと、そこに紅い蝶と名乗る人物から書き込みがあった。
何の挨拶もなく、その人物は一方的に集合場所と日時を指定してきた。
詳しい説明はなかったが、そこに皆神村の話が出来る人物を集めておくので、話が聞きたければ来い、と言うことらしい。
所謂オフ会というやつだろうか?
それにしても怪しい。怪しすぎる。
だが、普通ならば下らない悪戯だと思うそれを、俺は信じた。
なぜなら、紅い蝶が指定した場所は、まさに澪と繭が遭難したあの沢のほど近くだったからだ。