Novel-GS2外伝
□Because I miss you...
1ページ/23ページ
買い出しを終えて、『珊瑚礁』へ帰り着く頃には、夏の大きな太陽はだいぶ西に傾いていた。
俺は呆けたように足を止め、夏の海が1日の終わりに見せる美しい景色を眺めていた。
空は淡い朱色と薄紫色のグラデーションに彩られ、海面はキラキラと輝き凪いでいた。その上空をねぐらへと急ぐ海鳥たちが渡っていく。
ふと、俺は視線を海から岬へと移した。海に突き出すような形状の岬には、今は使われていない灯台がある。
今はその仕事を終えて現役を引退した灯台。再び灯りがともることはなく、近付く人はいない……はずだよな?
遠目にもはっきりと分かる異変がそこに起きていた。
いつもはしっかりと施錠され、堅く閉ざされているはずの灯台の扉が開いていた。
そしてその傍らに佇む人影を、俺は確かに見た。
少女だった。
海から吹き上げる潮風に、彼女の白いワンピースの裾がひらひらと揺れ、柔らかそうな髪が楽しげに踊っていた。
少女がゆっくりと顔をこっちに向けた。
「瑛? 何をしているんだい?」
ハッとして振り返る。
夜間営業開始前のこの時間、珊瑚礁のマスターの格好に着替えたじいさんが夕日に背を向けて立っていた。夕日の逆光で表情は分かりにくいが、俺の帰りが遅いのを心配して店から出てきたらしかった。
「じいさん、あれ……」
呆けてしまった俺は寝言みたいに呟いていた。
「あれ? あれってなんのことだい?」
じいさんは不思議そうに首を傾げる。
「だからあれだって。あれっ?」
再び振り返った時、そこには、ただいつものように寂しげな灯台が佇んでいるだけだった。扉はそれが当たり前であるかのように閉じていた。
目の前の光景に、俺は思わず言葉を失ってしまった。
「瑛?」
じいさんが怪訝そうな声で聞く。俺は言葉を絞り出すようにこう聞いた。
「なあじいさん。あの灯台ってさ……もう使われてないよな?」
「んっ? ああ、そういえばあれが使われなくなってもうずいぶんたつな」
じいさんは懐かしそうに目を細める。それから俺にこう言った。
「あの灯台がどうかしたのかい?」
どうもしていない。少なくとも今は。
灯台はいつものそれと何ら変わず、少女の人影どころか、今はその気配すら残ってはいなかった。
ちょ、嘘だろ?
「瑛? 本当に一体どうしたっていうんだい? さっきらずっとボーっとして」
「いやっ……なんでもない。なんでも……」
おかしな子だねと言わんばかりのじいさんの視線を目の端で感じながら、どうにも腑に落ちない俺の視線は、疑惑の灯台に注がれていた。
そんな俺にじいさんは呆れたように、だけど優しく言う。
「さあ、とにかく店に入ろう。開店だよ」
「う、うん……」
じいさんは俺の荷物を半分持って歩き出した。慌てて俺もじいさんの後を追う。
もうすぐ開店時間だ。やらなきゃいけないことは色々ある。
店先でもう一度だけ灯台に振り返る。
やっぱりそこにはいつもの灯台が佇んでいるだけだった。
それじゃあさっきのあれは?
錯覚?
夕日に染まる海を眺めていたらいきなり少女が現れて……一目で恋に……なんて。ないない。嘘。それはない。それはないんだけど……。
っつうかどんな思春期だよそれ。
最後に大きなため息を一つ吐き出して、俺は珊瑚礁の中に入っていった。
今日も忙しくなりそうだ。
→